ビジネス講座

経済波及効果は「一定額」ではなく「範囲」で算出しよう

経済の世界では、意思決定のために、イベントを開催した際に発生する経済効果の測定を行っていますが、その波及効果は一定の数字でしか算出しておらず、不確実性を加味した“幅”が考慮されていません。
たとえば、長谷川が行った研究[※1]では、東日本大震災で被った石巻市における観光損失額を推定していますが、直接効果から発生した第一次間接効果(損失額)が約9億円、その活動から発生した第二次間接効果(損失額)が約6億円となった報告しています。この推定に用いた産業構造は2005年を基準としていて、本来であれば、震災前後で産業構造は大きく変わっていることを考慮して、どのくらいの範囲で影響が生じるかを考えていく必要があります。しかし、産業構造の元となっている産業連関表の作成には多大な労力と時間を要し、5年に1度しか更新されないため連続的な変化は捉えられず、また、各都道府県で発表されている産業連関表の産業構造は全国表を参考にしているため地域によっても変わりがありません[※2]。つまり、データの不足により、「産業構造の変化」という不確実性を確率的に捉えきれないという課題が存在しています。



しかし昨今、計測も蓄積も不可能だった物事が次々にデータ化されており、少量データから全データを丸ごと利用することで事象をより現実的に捉えることが可能となってきています。帝国データバンクでは、180万社の企業信用調査報告書から仕入先・得意先情報をネットワークデータ化し、約590万取引に上る企業間取引データを保有しています。この企業間取引データを活用し、東京工業大学の出口弘研究室との共同研究により、従来は全国からさかのぼって作成する地域の産業連関表を、企業情報から産業へ足し上げて作成する研究を行っています[※3-5]。企業の売上高などは毎年更新されることから連続的に変化を捉えることができ、各地域に所在している企業の情報を使用するため地域ごとの産業構造も把握することができるため、確率論的な波及効果の測定への期待がもたれています。

この研究に基づき、前述の東日本大震災による石巻市の観光損失額について、帝国データバンクの企業間取引データを活用して作成した産業連関表を活用して各産業構造の変化を考慮してシミュレーションを行うと、第一次間接効果(損失額)は5.5億〜14.8億円、第二次間接効果(損失額)は5.5億〜6.5億円、また一次と二次を合計すると最小でも11億円、最大で21.3億円の損失が見込まれます。対個人サービス部門の粗付加価値額が156億円であることを考慮すると、最大効果の21億円は非常に大きなダメージとなることが分かりました。



産業構造変化を考慮したシミュレーションによる石巻市の観光損失額

産業構造変化を考慮したシミュレーションによる石巻市の観光損失額



日常生活において車をレンタルする場合、事故時に発生する賠償責任を補填するために保険・補償制度が導入されています。どの保険を選ぶかは、「運転に慣れていて大きな事故は起こさないから、最低限の保証がいい」、「雪が降って同乗者もいるので、念のため最大限の保険をかけよう」など、個人の環境や想定される損害などによって変わってきます。保険だけではなく、「大事な面接があるから電車が最大30分遅れても間に合うように早い電車に乗ろう」、「来年の旅行で少なくとも30万円は使う予定だからちょっとずつ貯金しよう」、「この業務内容は複雑なので3〜4人日必要となります」など、私たちは普段の生活や仕事において潜在する恩恵やリスクを“幅”で捉えて意思決定を行っています。




  • 「意思決定を困難にするものは様々な不確実性である」
    「意思決定の科学的・定量的分析の目的は、「意思決定における不確実性の減少」にある」
    (飯田 耕司著 意思決定分析の理論:不確実性への挑戦)


  • 多くの行政機関では多様な政策課題に直面し、限られた予算の中で効果的な事業実施が求められています。客観的根拠に基づいた政策を行うことを念頭に置く場合、我々が日常生活において無意識のうちに行っている“幅”による意思決定と同じように、事業効果について最大・最小それぞれのシナリオに対する施策を検討する必要であって、例えば、企業に対する省庁や自治体の支援事業なども、その効果の程度が問われています。
    今後、民間企業の保有するデータを有効活用することにより、このような確率論を含めた推定が可能となり、そして様々な場面における投資対効果やリスク管理等の議論を活発にすることが期待されます。

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    本資料は、[※6]での分析結果を元に作成しています。
    TDBデータによる産業連関表の構築については、研究/検証中であるため、利用目的の販売はしていません。
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    ※1 :長谷川明彦, データで読み解く被災地観光の可能性, 大阪大学出版会, 2017

    ※2 :石川 良文, 日本の地域産業連関表作成の現状と課題, 産業連関―イノベーション&I-Oテクニーク― 第23巻第1-2号,3-17ページ, 2016

    ※3 :K.Akagi, H.Deguchi, T.Ohsato, “Input-Output Table constructed with private business data and its algebraic description.”, Proceedings of IEEE/SICE International Symposium on System, 2015.

    ※4 :T.Ohsato, H.Deguchi, K.Akagi, “Input-Output Table constructed with private business establishment on company information data. ”, Proceedings of The Japanese Society for Artificial Intelligence, 2016.

    ※5 :T.Ohsato, H.Deguchi, K.Akagi, “Developing an Input-Output Table Generation Algorithm from a Large Scale Company Database in Japan: How to Deal with Ambiguous Export and Import Information”, Proceedings of The Japanese Society for Artificial Intelligence, 2017.

    ※6 :大里隆也, 長谷川明彦, 投入係数の変動を考慮した経済波及効果の測定, 産業連関 ―イノベーション&I-Oテクニーク― 第25巻第1号,74-84ページ, 2018

    東京工業大学 情報理工学院 出口弘研究室
    データソリューション企画部 先端データ分析サービス課 大里 隆也

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