Episode File 02試される 調査力

その小さな化学品商社は、関西地方の街はずれにある創業まもない会社である。社長が急逝したため、それまで経営にいっさい関わっていなかった妻を名目上の社長とし、実際の経営はそれまで営業を務めていた社員が役員となって切り盛りし、何とか成り立っていた。
その会社に初めて調査依頼が入った。担当となったのは、調査員歴2年の新人・工藤である。工藤がさっそくアポイントの電話をかけると、「調査の趣旨と質問内容をファックスで送ってください。それを見て協力すべきか判断します。」との回答。まくし立てるような早い口調と甲高い声から論客的な雰囲気が感じられた。「これは拒否されるかな。」と思いつつ、言われたとおりにファックスを送り、返事を待っていると翌日、調査に応じるとの連絡があった。
当日、バスに揺られている間、電話で聞いた論理的かつ雄弁な口調が思い出され、工藤は何となく重い気分で景色を眺めた。しかし、入念に準備した内容を思い返しながら、取材をどう展開するか、それだけを考えるようにした。
バスを降り、電話で聞いた住所を頼りに会社を探すとそこは洋風の住宅だった。ドアをたたくと、30代前半であろうか、若い男性が出てきた。「帝国データバンクさんですね。」電話で聞いた声だ。もとはリビングだったと思われる応接室に通されると、もう一人男性が現れた。「ようこそいらっしゃいました。」何となく似た雰囲気をもった2人。彼らが新しい役員だった。
調査会社に初めて接するという2人は、帝国データバンクについて、そして最近の化学品業界の動向についてしつこいくらいに質問をかさねてくる。しかし、一方的に工藤が話すばかりで、こちらの質問にはほとんど答えてもらえない。何とかだいたいの売上高を聞き出したところで、さらに経常利益をたずねると、「工藤さんはどのくらいだと思いますか?」と。2人は、貿易業に携わってきたキャリアに加え、ビジネススクールで学ぶレベルの経営や財務の知識も持っているようだった。試すような質問にうっかりしたことを答えれば、あっという間に追及してくるだろう。そして調査には協力してもらえないだろう。工藤は試験を受けているような気分になった。今までの調査員経験や学習や先輩から得た知識をフル活用し、推定値を計算した。そして、胸を張って答えた。
2人は驚いたように、顔を見合わせた。「さすがですね。」そして、“試験”は2時間にも及んだ。
取材後、2人は、突然経営を任され大きな不安を感じていること、情報やアドバイスを求めていること、そして協力し合って経営を軌道に乗せ、将来は上場したいという夢を語ってくれた。工藤は彼らの力になることを約束した。
帰りのバスの中、工藤はあふれそうな情報を整理しながら二人にどんな提案をしようかと、ワクワクした気持ちを抑えられなかった。