レポート

想定為替レートは企業の「耐性指標」

情報統括部 情報統括課
主席研究員 窪田剛士

ニュースでは、円相場について「円安が進んだ」「円高に振れた」と語られることが少なくありません。しかし、企業経営の現場で本当に重要なのは、相場水準そのものだけではないでしょう。自社が業績見通しを作る際に置いた想定為替レートと、実勢との間にどれだけのズレがあるか。そこにこそ、経営上の火種が潜んでいます。

帝国データバンクの調査[1]によると、2026年度の企業の想定為替レートは平均で1ドル=147円87銭でした。前年から8円あまり円安方向に修正されており、この水準が一時的ではないとの見方を、企業が一定程度織り込み始めている様子がうかがえます。

平均だけでは見えない企業の実感

ただし、この数字を正しく理解するにはコツがあります。今回、平均は147円87銭ですが、中央値は155円、最頻値は160円でした。つまり、多くの企業が155円から160円程度に集中する一方で、円高寄りの水準を想定する企業も一定数あり、全体の平均を円高に向けている構図です。言い換えれば、分布の中心は150円台後半にありながら、円高方向に長い尾、いわばロングテールが伸びているため、平均値が実感よりも円高寄りに見えているのです。すでに1ドル=150円台後半から160円近辺の為替環境を、現実的な経営前提として受け止め始めている層が厚い。そう捉える方が、実態に近いのではないでしょうか。

それでも、計画と現実のズレはなお無視できません。実勢レートが160円前後で推移するなか、平均的な想定レートとは10円以上離れています。輸入原材料、燃料、部品、海外サービスの支払いがある企業にとって、この乖離はそのままコスト増に直結します。1ドル=148円程度を前提に価格を決めていた企業が、実際には160円近い水準で仕入れを行えば、利益率は想定以上に圧迫されることになります。価格転嫁が遅れれば、売り上げは維持できても手元に残る利益が細っていく可能性も高まります。

この乖離が一時的なら、企業は在庫調整や一部の価格改定でしのげるかもしれません。ところが、長引けば問題は損益計算書だけにとどまりません。仕入れ単価の上昇は運転資金を押し上げ、資金繰りを厳しくします。追加の借り入れが必要になる企業も出てくるはずです。中小企業では、為替予約などのヘッジ手段が限られるうえ、価格転嫁のタイミングも後ろ倒しになりやすいものです。想定レートの見直しが遅れるほど、収益計画だけでなく、与信面にも影響しかねません。

もちろん、円安はすべての企業にとって悪材料とは限りません。輸出企業やインバウンド関連企業には追い風となる面があります。ただし、ここで重要なのは、その恩恵をどの程度慎重に業績計画へ反映しているかです。輸出企業があえて円高寄りの想定を置く傾向にあるのは、実勢が円安に振れた場合に上振れ余地が生まれるからです。反対に、円安を前提に置きすぎれば、反転時の下振れも大きくなります。

業界ごとの傾向も見逃せません。農・林・水産では円安水準の想定が目立つ一方、建設や小売、不動産、運輸・倉庫では相対的に円高寄りの設定となっています。この差には、輸出入の有無だけでなく、業界ごとの原材料や燃料価格への感応度、価格転嫁のしやすさ、為替管理体制の違いが映っているとみられます。為替は同じように動いても、企業ごとに効き方はまったく異なるのです。

為替を当てにいくより、耐えられる計画を

必要なのは、為替を当てにいくことではありません。むしろ、複数の為替シナリオを置き、それぞれの場合に売り上げ、仕入れ、利益、資金繰りがどう変わるかを確認しておくことが欠かせません。たとえば、150円、160円、170円の3つのケースで粗利益や資金需要を試算するだけでも、取るべき対応はかなり見えやすくなります。値上げのタイミング、仕入れ先の見直し、在庫水準、借入枠の確保。為替の前提を変えてみるだけで、経営判断の優先順位が浮かび上がってくるはずです。

想定為替レートは、自社の経営計画がどの程度の為替変動に耐えられるかを測る「耐性指標」です。円安は、景気や物価を左右するマクロのテーマであると同時に、一社一社の利益を静かに削る経営課題でもあります。大切なのは「為替がどう動くか」を予想することだけでなく、自社の計画がその変動を受けても利益や資金繰りを保てるか。そこを点検する姿勢が、これからの経営には欠かせません。想定為替レートは、経営の備えを映す数字になりつつあるのです。


[1] 帝国データバンク「企業の想定為替レートに関する動向調査(2026年度)」(2026年6月12日発表)

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