レポート地域未来牽引企業の事例研究 ―事例4.味のちぬや―

2018/04/27

味のちぬやは、香川県三豊市に本社を置く冷凍食品業者です。
香川県の食品製造において、うどんと並んで有名なのが冷凍食品です。意外と知られていませんが、冷凍調理食品の製造品出荷額を都道府県別で集計すると長らくトップの座についているのが香川県です。同県の冷凍食品産業は、1962年頃に県の西端に位置する観音寺市を中心として、干し魚の低温貯蔵法を発展させたエビフライの冷凍製品化から始まりました。この産業の中核に位置していたのが、観音寺市に本社を置いていた加ト吉水産(加ト吉を経て現テーブルマーク)です。同社が地場に下請け業者を育成したため、この地域に冷凍食品に関わる技術を持った中堅・中小企業が徐々に増えていくことになりました。品目も水産物から始まり、コロッケをはじめとする農産物加工品やトンカツなどの畜産物加工品、麺類や米飯類などに広がっていきました。こうして、香川県の西部に冷凍食品産業が根付いていったのです。加ト吉が2008年にJTの子会社となって本社を東京都に移すとともに、観音寺市の工場の生産を大きく縮小させた現在は、県西部の三豊市に本社を構える味のちぬやが、同県の冷凍食品産業を支える存在となっています。
まずは、データをみてみましょう。

図3-11の通り、地域未来牽引企業の指標では、ハブ度、利益貢献度、雇用成長性が高いことが特徴です。ここでは雇用成長性に注目します。3年間でどれだけ伸びたのかをみていますので、過去3か年の従業員数の幾何平均増加率を取っています。香川県の有効求人倍率が2017年11月で1.75倍(前年同月1.68倍)と全国の1.56倍と比べて高くなっている中、従業員数を増やしているということになります(図3-12)。

同社は人事理念として「100年永続繁栄のための人間づくり」を掲げています。サステナビリティー(持続可能性)を維持するために、代表取締役社長の今津秀氏が最も注力しているのが「社員が働きがいを感じてくれる環境をつくること」です。つまり、ES(従業員満足度)の向上がサスティナビリティーの維持につながると判断しているわけです。

今津社長は次のように語ります。「ESの向上なくしてCS(顧客満足度)は高まりません。ESが向上すれば、必ずCSの向上につながります。そして、お客様に喜んでもらうことで、さらにESが高まります」。同社では、これを「ハッピースパイラル」と呼んでいます。 ESを高めるために今津社長が心がけているのが「全員参加経営」です。現場の社員の気づきやアイデアが企業活動に反映されるような仕組み作りです。 これを象徴しているのが「楽しい改善提案500」です。改善案を提案した社員に対して、500円の報奨を与える仕組みです。年間で約2,000件の提案が集まり、6割程度が実行に移されるといいます。例えば、搬送の効率を上げるために階段をスロープに変えるといった改善が実行されています。 このほか、2014年から取り組み始めた「フィロソフィ委員会」という活動も全員参加経営に大きく寄与しています。年度の初めに、この委員会が全社で取り組む目標を決めています。この際、社長を含めて経営幹部は一切、口出ししていません。「地域の住民との関係性を良くする」という目標を掲げた年には、委員会のメンバーが本社の近隣で清掃や交通整理を行いました。現在、全社員に配布しているカードに掲げられている10カ条の「ちぬや フィロソフィ」も、この委員会が策定しました。 委員会のメンバーは10―20人程度の若手社員で構成し、年度ごとに入れ替えています。月に2回程度のミーティングを開き、目標に向かって活動しているかの確認を行っています。2018年度の新組織では、新入社員がメンバーの7割を占めるそうです。 今津社長は「日本一、社員が幸せな会社を目指しています」と力を込めて語ります。

取り巻く外部環境をみてみましょう。
日本冷凍食品協会の調べによると、2016年における冷凍食品の国内生産量は155万4265トン。品目別では1位がコロッケで18万3914トン、2位がうどんで16万2877トン。3位の炒飯が7万6509トンなので、この2品目が突出しています。健康志向が高まる一方で、時短・即食のトレンドも続いており、特にコンビニではカウンターに置かれるファストフードが拡充され、コロッケや唐揚げなど揚げ物を中心に焼き鳥、おでん、ドーナツなど「できたて」を訴求した商品が増えてきています。

味のちぬやは、冷凍コロッケのシェアが業界最大手のニチレイに次ぐ2位。業務用冷凍コロッケでは約30%とトップシェアを誇っています。同社の販売構成比では65%をコロッケが占めており、コロッケの生産能力は1日当たり約300万個と、国内の工場でも最大級を誇っています。 業績は好調で、2010年3月期から2017年3月期まで増収を続けています。純利益は増減があるものの、2011年3月期を除くと売上高純利益率は2.5―5.3%で推移。2017年3月期は売上高が約217億円、純利益が約5億円となっています。社員数はグループ全体で約800人。自己資本比率は57.1%で、健全経営を維持しています。 2011年3月期は、2010年に北海道を襲った長雨でコロッケの主要原材料であるジャガイモが記録的な不作となり、大幅な減益となりました。この期の売上高純利益率は0.8%と大きく落ち込んでいます。この手痛い経験から、今津社長は原材料の調達ルートを多様化することを決断。2013年に北海道足寄町に北海道ちぬやファームという子会社を設立しました。2017年からジャガイモ農場の自主運営に乗り出すとともに、JA足寄や現地の農家と栽培契約を結んでいます。冷凍コロッケの生産会社による農場運営は業界初だといいます。12ヘクタールの作付面積から手がけて、中期計画では150ヘクタール程度にまで拡大する予定です。自社の消費量の3割程度を賄えるようにする計画だそうです。

このように市場をつかんだ味のちぬやですが、どうやって現在の地位を獲得したのでしょうか。振り返ってみます。

味のちぬやは、加ト吉の孫請けとして、かきあげ天ぷらを製造する冷凍食品業者として1976年に創業しました。「会社を維持できる程度」(今津社長)の業績を続けてきましたが、1981年に転機が訪れます。同社と加ト吉を仲介していた冷凍食品業者が経営破綻を招いてしまったのです。このとき、加ト吉から下請けになるように要請されましたが、同社はこれを拒みました。独立した冷凍食品業者として歩んでいくという決断を下したのです。 最初は苦労したそうですが、「少しずつ味方になってくれる人たちが増えていった」(今津社長)そうです。品質と価格が評価され、徐々に取引先が広がってきました。いわば加ト吉へのOEM(相手先ブランドでの製造)を手がけていたのですから、品質や味は間違いありません。孫請けとして商品を納めていたので価格競争力も高かったのです。 1986年の名古屋を皮切りに、大阪、東京、仙台と全国に営業所を設けるなど順調に事業を拡大してきましたが、2000年にまたもや転機が訪れます。当時の主力商品はかきあげ天ぷらやコロッケ、串カツでしたが、今津社長が社員に「コロッケで日本一を目指す」と宣言したのです。当時の主力商品のうち、最も利幅が大きく、冷凍調理食品の中でもうどんと並んで市場規模が段違いに大きいのがコロッケだったからです。 1998年には愛媛県に新工場を完成させます。生産体制を整えるとともに、今津社長自らが全国のスーパーや外食産業、卸業者などへ営業に回りました。採算ギリギリの値付けで提供していたため、訪問先の反応はおおむね良かったと言います。生産量が増えれば、スケールメリットが効いてくるので利幅も大きくなってきます。

高品質の商品を他社よりも低価格で提供するという戦略が功を奏し、次第に取引先が広がりました。現在では、量販店や地域スーパーの総菜売り場や調理食品売り場、またお弁当チェーン、外食産業にも同社のコロッケを調理した商品が並んでいます。大手コンビニエンスストアの店舗に並ぶプライベートブランド(PB)のコロッケパンも、同社の冷凍コロッケが使われています。 このように、主力商品を時代に合わせて変化させつつも、原材料の確保や工場・設備の整備や従業員との関係構築など、実に様々な地道な取り組みが、味のちぬやの今に繋がっているといえるでしょう。

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