レポート

顧客を主人公にする「ナラティブ」戦略、認知から支持で長期の信頼を獲得へ

情報統括部 情報統括課
主席研究員 窪田剛士

ナラティブマーケティングとは、顧客の体験や価値観を中心に据え、企業が伴走者として「いま進行している物語」を一緒に紡いでいく考え方です。つまり、完成したストーリーを一方的に届けるのではなく、顧客が変化していく過程(Before→After)を、企業の価値や行動で支え、そのプロセスを共有していく取り組みになります。SNSの普及により双方向のやりとりが当たり前になったいま、参加と共創こそがブランドを育てる要といえるでしょう。

よく比較されるのが「ストーリーマーケティング」です。こちらは企業が語り手となり、完成済みの物語を広告やコンテンツとして提示する手法です。対してナラティブは、語り手が情報を発信する企業だけに限られず、顧客にも広がります。相互作用のなかで更新され続ける点が最大の特徴です。短期の認知獲得や印象形成にはストーリー型が効きますが、長期的な関係性やロイヤルティの醸成にはナラティブ型が優位に働きます。

では、どの場面でナラティブが威力を発揮するのでしょうか。主に4つあります。第一に、価値判断が「性能」より「意味」へ移る市場です。アパレル、食品、日用品、地域観光など機能差が縮小しやすい領域では、顧客が“そのブランドと生きる理由”を見つけられるかどうかが競争力になります。第二に、サブスクやコミュニティ型のように、継続利用が収益の中心となるビジネスです。関係の持続が前提となるため、顧客の成長・変化に寄り沿う設計が効いてきます。第三に、企業変革やDX、人的資本など社内の行動変容がテーマとなる場面です。社員を主人公に据えた「企業内ナラティブ」を丁寧に編むことで、改革の腹落ちと自走が進みます。第四に、地域・文化・社会課題に接続する活動です。顧客が参加者として意味を感じられる構図は、中小企業など等身大の企業でも強い共感を生みやすいものです。

導入時のポイントは、ナラティブを「感動的な話づくりのテクニック」と誤解しないことです。本質は、顧客を主人公にした“関係設計のフレームワーク”にあります。実装のカギは次の5点です。

  1. 理念の明確化――土台はWhyです。解きたい課題、守りたい価値、美学や信念を短い言葉で定義します。ここが曖昧だと語りが散り、統一感を失います。
  2. 主人公の設定――誰の変化を支えるのかを具体化します。属性だけでなく「どんな悩みを抱えるか」「どの瞬間に自分ごと化するか」といった感情の線で捉えることが肝要です。
  3. 変化の地図づくり――直線なBefore→Afterではなく、迷い・停滞・試行錯誤を含めて設計します。どこで価値提供できるかを整理し、商品・サービス、コミュニティ、サポート体験へ落とし込みます。変化の地図づくり――直線なBefore→Afterではなく、迷い・停滞・試行錯誤を含めて設計します。どこで価値提供できるかを整理し、商品・サービス、コミュニティ、サポート体験へ落とし込みます。
  4. 共創の仕掛け――顧客が“読者”にとどまらず“参加者”となる接点を用意します。投稿、レビュー、イベント、事例、共同プロジェクトなど、参加の意味を理念と結びつけることが大切です。
  5. 運用と評価──短期は「接点の質」を追います(参加率、UGC=ユーザー生成コンテンツの質、継続率、NPS=ネットプロモータースコア)。中長期は「関係の強さ」を確認します(LTV=顧客生涯価値、指名検索、離脱率、採用・社内エンゲージメント)。売り上げだけで評価すると価値を見誤りがちです。

もちろん、実務上の落とし穴もあります。自由度が高いぶん運用負荷は上がるため、データ環境、制作体制、社内の合意形成など横断的な能力が欠かせません。準備不足で始めると一貫性が崩れ、結果として信頼を損ねます。特に大企業では部署ごとのメッセージがばらつきやすいため、共通の理念・原則・表現ガイドを整え、公開プロセスの透明性を高めることが重要です。

一方で、中小企業にはナラティブがフィットしやすい側面があります。等身大の語り口や、失敗・迷いを含む正直さは強力な共感の源になります。地域・文化への関与や職人性のある取り組みなど、身近でリアルな体験を丁寧に発信し、日常の改善や小さな挑戦を記録するだけでも物語は育っていきます。大掛かりなキャンペーンに頼らず、継続的な対話を重ねる姿勢がカギになります。

結論として、ナラティブマーケティングは「顧客を主人公に据え、長期の信頼を設計する戦略」です。理念(Why)を核に、顧客の課題と変化を支える体験を描き、マルチチャネルで一貫して“更新され続ける物語”を共創していく。その積み重ねが、認知から愛着、さらに支持へと続く道筋を形づくります。価格競争が厳しさを増すいまこそ、意味と関係性という資産を育てる選択が、企業の持続的成長につながっていくでしょう。

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