レポート

実質購買力の回復なくして、個人消費の底上げはない

情報統括部 情報統括課
主席研究員 窪田剛士

国内景気を押し上げる主役は個人消費です。個人消費が上向くためには、家計の実質購買力、すなわち実質可処分所得の回復が必須です。名目上の賃上げが続いても、物価上昇や社会保険料の負担が重ければ「使えるお金」は増えません。まずはここを確実に改善することが、消費の土台を太くする近道でしょう。

そのうえで、足元の物価と所得を見ると、CPI(消費者物価指数)の上昇率はピークアウトした可能性が示唆される一方で、価格が高止まりしている品目も少なくありません。名目賃金は春以降のベースアップで底上げされましたが、実質賃金のプラス転化は業種や雇用形態でばらつきが残ります。また、雇用環境は依然として逼迫しており、有効求人倍率も高水準を維持していますが、時間外労働時間の増加は限定的で、世帯あたり総労働所得の伸びも緩やかです。つまり、日常消費の頻度は戻っても、単価の押し上げには力不足という局面が続いている状況です。

ここで消費の“肌感”を補う高頻度データに目を向けてみましょう。クレジットカード消費では、食料・日用品など生活に必需となる分野が粘りを見せ、週末の外食や近距離レジャーも持ち直しています。一方で、自動車・家電など高額な耐久消費財への買い替えは慎重な姿勢が続いています。観光産業についてみると、延べ宿泊者数は家計内の「小さなご褒美需要」に支えられているほか、インバウンドは円安を追い風として都市圏を中心に底堅い動きを示しています。ただし、平日における稼働の谷と人手不足による機会損失は、依然として改善の余地が大きいと言えます。

企業マインドの変化は帝国データバンクの景気DIを見ていくと良いでしょう。小売業と個人向けサービス業の景気DIで構成される個人消費DIは、価格転嫁の一巡と来店頻度の回復により持ち直しが見られます。しかし、先行き判断では人件費・仕入コストと客単価維持の綱引きが続くとの見方が目立ちます。結局のところ、家計の実質可処分所得が増加に転じ、かつ持続しなければ、DIの改善は一時的なものにとどまりかねません。

それでは、中小企業は何を打ち手にすべきでしょうか。第一に、価格設計を再分解することです。値上げ一本足ではなく、容量調整・セット化・会員特典を組み合わせ、「可処分時間」と「可処分所得」の範囲内で“選べる価格”を用意することが大切です。第二に、収入カレンダーと販促スケジュールを同期化することです。給料日や賞与、連休にカード決済の週次波形や予約曲線を重ね、在庫と人員を前倒しして最適化することも有効となり得るでしょう。第三に、インバウンドの質的取り込みを強化することがあげられます。多言語対応や免税の運用に加えて、平日体験や地方回遊を組み込んだ商品設計により、客単価と稼働の谷を同時に埋めてみることも一案です。そして第四に、社内の“手取り実感”を上げる施策です。交通費や食事補助、子育て支援、柔軟なシフトの可視化は、従業員の実質購買力を押し上げ、採用・定着・サービス品質を通じて売り上げに還流できるようになってきます。

まとめとして、モニターすべき指標を改めて整理してみましょう。ここでは主に6つに集約しました。1.実質賃金の上昇率(名目賃金上昇率-インフレ率)、2.TDB景気DI<小売・個人向けサービス>、3.カード消費における必需品/準嗜好品/耐久消費財の構成比、4.延べ宿泊者数と客単価、5.インバウンド一人当たり消費額、6.離職率と充足率の6つです。これらを月次で見取り図に落とし込み、価格・人員・在庫・販促のダッシュボードと連動させれば、実質購買力の回復をいち早く捉えられます。景気の追い風を待つのではなく、家計の財布に寄り添う設計へ舵を切る-それが、いま求められる現実的な成長戦略であると言えるでしょう。

20251021_主観客観