レポート

実質賃金の回復は本物か!?

情報統括部 情報統括課
主任研究員 池田直紀

2025年9月5日、厚生労働省が発表した2025年7月の「実質賃金」は、前年同月比で0.5%増加し、7カ月ぶりにプラスへと転じました(速報値)。実質賃金とは、名目賃金から物価変動の影響を差し引いたもので、簡単に言えば「給料が上がった分、どれだけモノが買えるようになったか」を示す指標です。

 今回のプラス転換は、賃金の上昇率が物価の上昇率を上回ったことが主な要因です。特に、ベースアップなどの定期昇給に加え、夏のボーナスなどの特別給与が大きく伸びたことが背景にあります。企業業績の改善が一時金として従業員に還元された結果とも言えますが、これはあくまで一時的な要因に過ぎない可能性があります。

そのため、今回の数字を手放しで喜ぶことはできません。実質賃金がプラスとなった一方で、残業代や手当を含まない「所定内給与」の伸びは依然として鈍いままです。所定内給与は、個人の生活を支える基本的な収入源であり、これが十分に伸びなければ、将来的な消費の持続的な回復は見込みにくいでしょう。

 また、実質賃金のプラス転換には、物価上昇の鈍化も影響しています。原油価格の落ち着きや、政府による電気・ガス料金への支援など、物価抑制策の効果が背景にあると言えます。しかし、これらも一時的なものであり、円安の継続やグローバルなサプライチェーンの混乱が再燃すれば、物価の上昇は再び加速する可能性があります。そうなれば、賃金の上昇率を物価の上昇率が上回り、実質賃金は再びマイナスに陥ることが懸念されます。

 一方で、ポジティブな面を見てみますと、帝国データバンクが毎月実施しているTDB景気動向調査では、2025年8月まで3カ月連続で改善が続いています。小売業や飲食業などの消費関連分野でも回復傾向がみられ、「購買意欲が旺盛である」(自動車・同部品小売)や「夏休みの影響で家族連れの利用が増加」(飲食店)といった声が寄せられていました。節約志向が根強く残るなかでも、消費者のマインドは徐々に前向きな変化が生じているのかもしれません。

 今回の実質賃金のプラス転換は、経済の「揺り戻し」の兆候とも捉えられますし、「勢いの継続」が期待できる局面とも言えます。とはいえ、本当の意味での経済回復を実現するためには、政府、企業、そして私たち一人ひとりが、一時的な好況不況に惑わされることなく、構造的な課題に真摯に向き合う姿勢が求められます。

20250919_主観客観