レポートインバウンド消費の現在地、“モノ”から“コト・ステイ”へシフトする消費構造

情報統括部 情報統括課
主席研究員 窪田剛士

観光庁「インバウンド消費動向調査」によると、2025年4~6月期の訪日外国人旅行消費額は2兆5,250億円、前年同期比18.0%増で過去最高の水準に達しました。背景にあるのは入国者数の増加です。訪日外国人数は同期間で1,098万人(同19.0%増)まで回復した一方観光・レジャー目的で訪日した外国人の1人当たり旅行支出額は23万6,987円で0.6%減にとどまり、人数増が消費額を押し上げた形です。

 1人当たり支出額を費目別にみると、買物代が14.2%減少、宿泊費が14.5%増となり、コントラストが鮮明です。高騰するホテル料金や“推し”ホテルに長期滞在するトレンドが財布の重心を「宿泊する場所」へ移し、百貨店や免税店向けの支出を圧迫したと考えられます。ただし、娯楽等サービス費は6.2%増えており、体験型コンテンツ――地域ツアーやライブイベント、伝統文化ワークショップなど――へのニーズは引き続き好調でした。

意外感があったのは飲食費の減少です。インフレ下でも旅費を抑えるため、(1)食事付き宿泊プランの利用、(2)居酒屋・フードコートなど価格を抑えた店舗へのシフト、(3)コンビニ・テイクアウトの活用といった行動が想定されます。円安メリットが続くなかでも「値ごろ感」を求める訪日客の敏感さは増しており、単価依存モデルの飲食業は早期対応が不可欠です。

こうした状況の下で、中小企業が取るべきアクションは主に4つ考えられます。

第一に、宿泊・体験とのハイブリッド戦略です。物販企業はホテルや旅館と連携し、客室に試供品を置く「ステイ中体験」や、チェックイン後の限定クーポンを共同発行して滞在中の購入導線を確保します。体験業者は宿泊施設とパッケージ化し、OTA直販などによって宿泊費シフトの流れを取り込める可能性があります。

第二に、“コト消費”の強化です。体験型サービスが伸びている今こそ、地域資源を活用した少人数・高付加価値プログラムを磨き上げる好機ではないでしょうか。例えば、製造業のファクトリーツアーや農家の収穫体験は「SDGs×地域経済」に敏感な欧米客の支持を得やすい施策です。

第三に、価格レンジの多層化と決済の利便性です。1人当たり支出が微減となったこともあり、値付けを多層化して“気軽に買える商品”を増やすことが来店数増加に直結します。同時に、海外モバイル決済を網羅し、“決済の摩擦ゼロ”を実現すると取りこぼしを防げるでしょう。

そして第四に、データドリブンな品揃え更新です。買物代減少の裏で依然として中国からの旅行客の買物代は高い一方で、欧米からの旅行客は体験志向という二極化が進行中です。POS×国籍データを定期的に確認し、需要の強弱を把握して品揃えを迅速に入れ替える仕組みが競争優位になり得ます。

政府は「観光立国推進基本計画」に基づき地域交通網の整備や地方型誘客キャンペーンを強化しています。4~6月期の動向からは「量は戻ったけど質も変わった」ことが明白です。買物中心モデルから宿泊・体験中心モデルへいち早く舵を切り、訪日客の“旅先時間”をいかに取り込むかが、次の成長曲線を描くカギになります。帝国データバンクが調査した観光産業の景況感を表す観光DIは、7月が43.4と前年同月を2.2ポイント下回っていました。訪日外国人旅行客は7月以降も同様の傾向が続くのか、費目別データを継続ウォッチしつつ、ビジネスモデルをアップデートしていく必要があるのではないでしょうか。

20250807_主観客観