レポート中小企業が知るべき為替理論と柔軟なリスク対策

情報統括部 情報統括課
主席研究員 窪田剛士

 外国為替レートは、輸出入価格や資金調達コストを左右し、企業収益に直結します。帝国データバンクの調査[1]によると、企業が2025年度の業績見通しを立てる際に想定したレートは平均1ドル=139円64銭でした。これは前年より円高方向へ1円24銭切り上がった水準であり、経営者にとって為替レートの見極めが一段と重要になっています。

 外国為替レートの変動要因を理解するうえで、まず「購買力平価説(Purchasing Power Parity, PPP)」を押さえる必要があります。PPPは各国のインフレ率に応じて通貨価値が調整されるという考え方で、長期的には物価の差が縮小する方向に為替レートが動くと説明します。例えば、日本のインフレ率が小さい一方で、米国でインフレが加速すれば、円高・ドル安圧力がかかる、という理屈です。

  次に「金利平価説(Theory of Interest Parity)」は、国内外の金利差が直ちに為替レートに反映されるという短期的メカニズムを示しています。金利平価説はさらに、予想為替レートを反映する「カバーありの金利平価説」と、将来時点での現物の為替レートを想定する「カバーなしの金利平価説」に分けられます。円での金利が低く、ドルでの金利が高いとき、資金は高いリターンを求めて流れるため、円とドルの金利差が拡大すれば円安が進む、というのが基本線となります。2021年~2023年の急速な円安は、日米金利差の拡大とヘッジコスト上昇を通じてほぼこの仮説で説明できていました。

  とはいえ金利だけでは説明がつかない局面もあります。「マネタリーアプローチ」は各国の貨幣供給量や所得水準を重視し、中央銀行のバランスシートや金融政策が為替レートに与える影響を分析します。新型コロナ禍以降の金融緩和やバランスシートの縮小は、金利よりもマネーの総量を通じて為替レートが動く場面を示唆していました。このアプローチは、「マンデル=フレミング・モデル(Mundell=Fleming model)」の枠組みで説明され、経済のファンダメンタルズに基づく為替レートを表しています。

  さらに「バラッサ=サムエルソン理論(Balassa=Samuelson effect)」は、製造業など生産性の高い貿易財部門が賃金を押し上げ、非貿易財部門の物価上昇を通じて実質為替レートを変化させるという構造的視点を提供します。新興国の急成長や日本のサービス産業の低生産性といった長期トレンドを説明するうえで欠かせない考え方です。

 その他、ニュース効果や為替介入などによって為替レートは変動しますが、これらは数時間から長くても一週間程度の効果を持つのみと考えられています。

  数年前の円安局面は、日米金利差を軸とする金利平価説でほぼ説明できました。しかし、今後も同じ仮説で通用するとは限りません。現在の為替市場は物価、金利、マネー、そして生産性という複数のファクターが交錯する「多重構造」です。中小企業は単一の指標に頼るのではなく、上記4つの理論それぞれが当てはまる状況かどうかを継続的に検証し、為替感応度の試算やヘッジ方針を柔軟に見直す必要があるでしょう。


[1] 帝国データバンク、「企業の想定為替レートに関する動向調査(2025年度)」(2025年6月24日発表)

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