情報統括部 情報統括課
主席研究員 窪田剛士
4月2日(日本時間3日早朝)、米国のトランプ大統領が発表した「相互関税」は、各国の経済界に大きな衝撃をもたらし続けています。4月5日からは、世界各国・地域に対してベースラインとなる関税率を一律10%引き上げる措置が導入されました。その後、米国の貿易赤字が大きい57カ国・地域(日本・中国・EU<欧州連合>など)には追加の上乗せ関税が4月9日午後1時(日本時間)から課され、日本の相互関税率は24%、EUは20%、中国は34%に設定されていました。
ところが、その発動からわずか13時間あまり後に、トランプ大統領は同日に開始したばかりの上乗せ部分について、日本を含む一部の国・地域に対し90日間の一時停止を許可すると発表。結果として、16日時点の日本向け関税は一律10%が適用されている状況です。
一方で、中国に対しては、2~3月にかけて発動された追加関税に加え、両国の報復関税による上乗せが重なった結果、16日時点で145%の関税が適用されています。
さらに、メキシコやカナダ向けに25%の追加関税(USMCA<米国・メキシコ・カナダ協定>[1]に準拠した製品を除く)をはじめ、鉄鋼・アルミニウム・自動車などへの関税強化もすでに実施済みです。エンジンや変速機など自動車の基幹部品についても、5月3日までに同率の追加関税を課す予定とされています。こうした一連の措置によって、米国の実効関税率は2024年時点の2.5%から17%(中国を含む[2])まで上昇すると見込まれています。
この「トランプ関税」が日本経済へ及ぼす影響について、帝国データバンクの試算[3]では、もし90日間は一律10%で、その後(91日目以降)各国・地域とも当初の相互関税率に戻る場合、日本の2025年度の実質GDP成長率は0.5ポイント押し下げられる見込みです。輸出の減少を受けた設備投資の縮小が国内経済を下押しし、企業全体の経常利益は0.1%減少、5年ぶりのマイナスの伸び率になるとの見通しです。また、倒産件数は1万574件と試算され、「トランプ関税」により339件(3.3%)上振れると予測されています。
一方で、相互関税率が91日目以降も10%のまま継続するシナリオでは、実質GDP成長率は0.3ポイントの押し下げ、経常利益は0.1%増加とやや持ち直すものの、倒産件数は254件の増加になると予測されています。
実は、第一次トランプ政権の時代から、本コラムでは保護主義や貿易戦争の影響について、繰り返し警鐘を鳴らしてきました[4][5][6]。保護主義が加速すれば、世界的に貿易が縮小し、最終的には米中両国を含む幅広い国々の便益が減少すると指摘してきたのです。ただし、自由貿易は「消費者に恩恵が広く薄く及ぶ一方、特定の生産者には痛みが集中する」という特徴があります。そこで提案されていたのが、関税の引き上げではなく、必要に応じた補助金で生産者を支援する方法です。
ところが現状、トランプ大統領は11日にスマートフォンやコンピューターなどを相互関税の対象から除外する方針を表明し、13日には電子機器を今後導入する半導体関税の対象に含めると発言。さらに14日には、すでに発動している自動車への追加関税について、製造拠点をカナダやメキシコなどから米国内に移転する企業への支援を検討すると明かすなど、目まぐるしく方針が変動しています。一時的な減免措置がとられる可能性もあり、まさに昏迷の一途をたどっているといっても過言ではないでしょう。
戦後、米国は保護貿易が第二次世界大戦の遠因となった歴史を踏まえ、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)やWTO(世界貿易機関)の場で自由貿易を先導してきました。しかし今や、米国に対抗する形で中国も報復関税の税率を84%から125%へ引き上げるなど、世界の二大経済大国の間で報復措置が連鎖しています。これは戦後の国際貿易システムが転換点を迎えていることを示唆しているのではないでしょうか。
こうした不安定な状況下で、中小企業を含めた日本のビジネスパーソンにとっては、先行きの見えにくい貿易環境への対応が喫緊の課題となっています。自由貿易に大きく依存して成長してきた日本だからこそ、保護主義の拡大に「待った」をかけ、自由貿易体制を守る役割を果たすことが強く求められているのではないでしょうか。
[1] USMCAは、NAFTA(北米自由貿易協定)に代わる協定として2020年7月1日に発効した。
[2] 中国を除くと、米国の実効関税率は14%になると推計される。
[3] 帝国データバンク、「トランプ関税が日本経済に及ぼす影響」(2025年4月16日発表)https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250416-trumptariffs/
[4]「"トランプノミクス"の行方」(2016年12月5日)
https://www.tdb.co.jp/report/economic/o9iqjzvlfj4e/
[5]「トランプ大統領の保護主義政策の帰結」(2017年2月3日)
https://www.tdb.co.jp/report/economic/5eymt68-ex_c/
[6]「重商主義の復活を彷彿とさせる『貿易戦争』」(2018年9月5日)
https://www.tdb.co.jp/report/economic/q19cw82l8jbf/