情報統括部 情報統括課
主席研究員 窪田剛士
近年、多くの企業が人材確保のために初任給を引き上げています。しかし、この初任給の上昇が既存社員の退職を促す可能性があることをご存じでしょうか。新入社員の給与が既存社員の給与を上回ると、既存社員は不公平感を感じ、モチベーションの低下や離職意向の増加につながる可能性があるのです。
帝国データバンクによる調査[1]では、2025年4月入社の新卒社員に対する初任給を前年度から引き上げる企業の割合は71.0%に達していました。この背景には、人手不足や優秀な人材の確保競争が激化している現状があります。しかし、初任給の引き上げが既存社員の給与と比較して不均衡を生む場合、既存社員の不満が高まり、離職のリスクがあることを企業は認識する必要があるのではないでしょうか。
Visier社のレポート[2]「New Facts about Pay」によると、約400万人の労働者を対象にした調査で、同じチーム内で新入社員の給与が既存社員よりも高い場合、既存社員は不公平感を抱き、離職率が1.8倍に増加することが示されているのです。とりわけ既存社員のなかでも優秀な人材ほど離職する可能性が高く、さらに初任給の引き上げ時から既存社員の賃上げを実施するまでの期間が長くなるほど、離職率が高まると指摘されています。このデータは、初任給の引き上げが既存社員の離職に直接的な影響を与える可能性を示唆していると言えるでしょう。
そして、この問題を解決するために、企業は以下の対策を検討する必要があると指摘されています。
- 給与体系の見直しと適正化
市場動向や業界標準を踏まえ、社内の給与体系を定期的に見直すことが重要です。特に、同一職種や同一業務に従事する社員間での給与差を最小限に抑えることで、不公平感を解消できます。
- 評価制度の透明性向上
社員の成果や貢献度を適正に評価し、それを給与や昇進に反映させる仕組みを構築することが求められます。透明性の高い評価制度は、社員のモチベーション向上と離職防止につながります。
- コミュニケーションの強化
給与や評価に関する情報を社員と積極的に共有し、疑問や不満を解消するための対話の場を設けることが効果的です。これにより、社員の信頼感を高め、組織へのエンゲージメントを強化することができます。
- キャリアパスの明確化
社員が自身の成長やキャリアアップのビジョンを持てるよう、明確なキャリアパスを提示することが重要です。これにより、将来への期待感を醸成し、離職意向を減少させることができます。
さらに、給与の透明性に関する調査[3]では、79%の従業員が何らかの形での給与の透明性を求めており、32%は全社員の給与情報の公開を望んでいることが明らかになっています。このような従業員のニーズを踏まえ、企業は給与情報の透明性を高める取り組みを進めることが求められてきます。
総じて、初任給の引き上げは新たな人材の確保に有効な手段ですが、既存社員との給与バランスを考慮しないと、逆に優秀な既存社員の離職を招くリスクがあることには注意すべきでしょう。これらの研究は、企業の給与体系の見直しや評価制度の透明性向上を通じて、全社員が公平に評価される環境を整備することが重要だと言えるのではないでしょうか。
[1] 帝国データバンク、「初任給に関する企業の動向アンケート(2025年度)」(2025年2月14日発表)
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250214-startingsalary2025/
[2] Visier, “New Facts about Pay: A data-based approach to smart compensation decisions”, 2023
[3] Visier, “Pay Transparency: Should Salary Be a Secret?”, 2022