レポート最低賃金と年収の壁のシミュレーション

2024/11/15
景気動向  コラム  雇用・人材

情報統括部 情報統括課
中村駿佑

毎年10月に改定される最低賃金。2024年度は、過去最高額である51円の引き上げが行われ、最低賃金の全国加重平均は1,055円となりました[1]。私も労働者の一人として最低賃金の引き上げは非常に喜ばしいですが、企業からは人件費の増加による収益圧迫のほか、「年収の壁」問題の深刻化など苦しい声が多数聞こえてきます。

特に、年収の壁の引き上げが、今、注目を集めています。年収が103万円や130万円など、いわゆる「年収の壁」を超えないように働いている労働者の中には、年末が近づくにつれて勤務時間を調整する人もいます。そのため、時期的な人手不足の深刻化は企業にとって大きな痛手となっています。

先の衆議院選挙では、複数の政党が2020年代に最低賃金1,500円を目指す公約を掲げていました。しかし、年収の壁が変わらずに最低賃金だけが引き上げられると、今よりも早く年収の壁に到達してしまいます。労働者の選択する働き方によっては、今以上に時期的な人手不足は深刻となるかもしれません。

ここで、最低賃金のみ引き上げられた場合、103万円の壁に与える影響を具体的な数字とともにみていきましょう。

厚生労働省の毎月勤労統計調査[2]によると、2023年におけるパートタイム労働者の月間実労働時間の平均は79.3時間、平均時給は1,279円です。これを基に計算すると、11月になった段階で給与総額が101万円を上回り、103万円目前となります。さらに、時給を1,500円、月間実労働時間の平均を79.3時間とすると、9月中旬ごろには103万円を超えてしまいます。

また、2023年の最低賃金の全国加重平均は1,004円であり、2023年におけるパートタイム労働者の平均時給と比較すると、差額は275円です。仮に、この差額が同水準で推移し、最低賃金の全国加重平均が1,500円を達成すると、パートタイム労働者の平均時給は1,775円となります。時給1,775円で103万円に到達するために必要な労働時間は約580時間であり、月間実労働時間を79.3時間とすると7月中旬には103万円に到達してしまいます。

このように、企業にとっては、最低賃金だけを上昇させていくと夏本番を前に勤務時間の調整を行う労働者が表れる状況となることが考えられます。そのため、最低賃金を引き上げるとともに、労働者が望まない勤務時間の調整を生じさせないように年収の壁を引き上げることも重要な課題といえるでしょう。

現在、与野党が協議している年収の壁が企業と労働者の双方に対してより良いものとなることを願うばかりです。


[1] 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」

[2] 厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和5年分結果確報」(2024年2月27日公表)

20241115_主観客観.pdf