前回は、創業オーナー社長の抱えていた事業承継問題について、多角化を進めていきたいと考えていた会社がM&Aを利用して引き継いだケースを紹介した。この事例では、創業オーナーは株式の売却で創業者利益を得る一方、新経営者へ経営実務を引き継ぐことにより、経営者としてもハッピーリタイアに成功しています。
さて今回は、今後の事業展開に行き詰まっていた社長と、事業の垂直的な統合を考えていた会社とのM&Aのケースを紹介します。
事例その(2)~事業継承×垂直統合のケース~
【譲渡側企業(D社)の概要】
所在地 : 九州地区
資本金 : 2000万円
従業員 : 20名
売上高 : 1億5000万円
事業内容 : ソフトウエア受託開発
【譲受側企業(E社)の概要】
所在地 : 関東地区
資本金 : 5000万円
従業員 : 150名
売上高 : 約250億円
事業内容 : 遊戯機器製造・販売
背景事情
D社は、ソフトウエア開発会社に勤めていた社長が独立創業した会社である。創業当初は関東で営業を行っていましたが、数年の稼働を経たのち、技術者の募集・雇用が容易な九州地区へ拠点を移し、地元のメーカーなどから安定した受注を得て事業を続けてきました。しかし、会社の規模が小さいため、大手ソフトウエア受託開発会社の下請け受注が中心で、受注単価の下落や受注案件の増減に経営状況を左右されやすい体質が悩みとなっていました。上場企業との資本提携も行ったものの想定通りの効果を得られず、今後の事業展開にも行き詰まっていました。
E社は、産業用電子機器のメーカーで、創業時点では印刷・出版分野がメインフィールドでしたが、長年培った技術で遊戯機器の開発に成功、以後は業界の成長とともに業容を拡大してきました。一方で、今後の技術開発に向けてグループ内にシステム開発会社を保有することで、ハード・ソフト両面において機動的な技術開発を行える環境を作るため、小規模なシステム開発会社の買収を積極的に進める意向を持っていました。
M&Aのプロセス
- D社より、大手企業との資本提携を含めたM&Aを検討している旨連絡があり、出資希望会社の選定をスタート。
- 同業の大手を含めて数社との交渉を行ったが、条件面での折り合いがつかず、交渉を断念。
- 一方でE社より、システム開発会社を買収したい旨連絡があったため、買収条件を確認した上でD社を紹介。E社の関連会社が九州地区に拠点を有していたこともあって、前向きに検討を開始。
- E社の検討部門責任者、開発部門の担当者が現地を訪問、D社社長と面談して具体的な交渉に着手。
- 譲渡価格、従業員の処遇などD社、E社双方の条件の調整を行い、基本合意書(LOI)を作成、捺印。
- デューディリジェンスを実施、事前の条件交渉で概ね合意をしていたこともあって、大きな問題もなく、スムースに最終契約まで漕ぎ着けた。
M&Aのスキーム
- D社のM&Aの目的は「大手企業との資本提携による受注環境、経営環境の安定化」「従業員の雇用維持」でしたが、同時に、社長がまだ若いことから「社長の継続雇用」も重要な条件となっていました。交渉開始当初は、M&A後の自身の処遇(社長として継続雇用が担保されるか)が不安だったため、一部株式を継続保有したい意向も示していた。
- E社は、グループ会社の完全なコントロール環境を整えるためにも、株式の100%取得を希望。一方で、E社としても買収後のD社の経営については、社員や得意先との関係、地域性も考えてD社社長の続投を強く希望。交渉の結果、D社社長が全株式を譲渡することに合意。
- D社社長の留任、従業員も継続雇用の条件で株式の100%譲渡を実施。譲渡後役員変更を実施して運営面でもE社子会社として再スタートを切った。

ポイント
この事例では、前回の事例と異なり、譲渡を希望しているD社の社長はまだ40代と若く、会社の経営自体には意欲を持っていました。しかし、ソフトウエア・システム受託開発の業界環境は、「下請け構造」が厳密に存在しており、規模の小さい会社は受注単価の引き下げや受注案件の増減リスクに常にさらされており、経営者としては悩みの種でした。そこで、従業員の将来も考えて、大きな会社の傘下に入ることで経営の安定化を目指すことになったのです。
当初は大手システム・インテグレータとの資本提携を実施したことからも分かるとおり、「同業大手」の傘下に入り、現状よりも上流(ユーザーサイド)に近づくことで受注環境の安定化を目指しましたが、D社の規模的にいっても期待した効果は得られず、結果的に失敗に終わっています(提携解消→株式買い戻し)。一方で、「受託開発業態」から「自社製品開発業態」へのシフトを志向していたこともあり、結果的に自社製品の開発を希望するE社からのオファーは、D社社長のM&Aの目的や希望条件を満たすうえでは非常に望ましいものだったといえます。
E社にとっても、D社社長が若い経営者だったということもあり、引き続き同氏に経営を任せたいという意向を示したこと、また、気持ちよく経営を続けてほしいという意向から、株価の評価についてもD社社長の意向をできるだけ反映した金額で妥結できたことも成功の要因だったと考えられます。
なお、本件についても、前回の事例同様、検討の開始から約2カ月という短期間で最終契約締結に漕ぎ着けています。これは、買収サイドの目的明確化・共有化と、受け入れ態勢の整備が十分にできていたことが大きな要因だったと思われます。買収後についても、E社の積極的な経営指導とD社社長の堅実な事業運営により、業況も拡大・安定基調にあり、両者の希望が一致したM&Aの成功事例といえます。

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