前回まで5回にわたって、中小企業の視点から経営者を取り巻く環境や経営課題、そしてM&Aを実行する方法や企業価値評価の手法などについて説明してきました。一口にM&Aといっても、その手法や目的、金額の決定方法が実に多岐にわたることをご理解いただけたと思います。
そこで今回からは、これまでの知識を踏まえて、TDBフュージョンが実際に携わったM&Aの具体的事例の紹介を通じて、成功までのプロセスをご紹介します。
事例その(1)~事業継承×多角化のケース~
【譲渡側企業(A社)の概要】
所在地 : 中部地区
資本金 : 4000万円
従業員 : 20名
売上高 : 約20億円
事業内容 : 男性用カジュアルシャツ製造
【譲受側企業(B社)の概要】
所在地 : 中部地区
資本金 : 3000万円
売上高 : 約100億円
事業内容 : 合成樹脂材料・製品販売
背景事情
A社は、長年男性用カジュアルシャツの企画・製造を行ってきました。中部地区を地場に堅調に事業を拡大してきましたが、創業社長が高齢となり事業承継の問題が現実的となっていました。社内に適当な人材がいないため、商社から後継候補を招聘したのですが、メーカーと商社との業務内容の差もあって失敗。その後、取引先と事業統合の話し合いを持ったものの頓挫していました。
B社は、合成樹脂材料・製品の商社で、社長の持ち前の営業力をベースに事業を拡大し、グループ売上高は100億円規模にまで成長しました。一方で、利幅の薄い現在の事業領域を拡大したいと考え、アパレル関連会社を買収。同事業の更なる拡大を目的として、アパレル会社の買収を積極的に推進する意向を持っていました。
M&Aのプロセス
- 東京に本社を置くC社より、「A社を買収したいのでコンタクトしてほしい」旨の打診があり、A社を訪問。A社の社長と面談したところ、事業承継に行き詰っていると相談を受け、C社とのM&A交渉をスタートしました。
- 1カ月半後にA社社長とC社担当取締役との面談を実施。譲渡価格など条件面での交渉に入りました。
- しかし、その後C社より「買収した場合の社内体制整備などについて見通しが立たないため断念したい」と連絡があり、交渉が頓挫してしまいました。
- 同時期に、B社から「アパレル関連の会社を傘下に納めたいので紹介してほしい」という要望を受けました。
- C社との交渉が頓挫した後、B社に打診したところ前向きに検討したいと連絡を受けたため、B社との交渉に入りました。
- トップ会談を実施、両社とも基本条件(譲渡価格ほか譲渡の条件)で合意したため、基本合意書(LOI)を作成、捺印にいたりました。
- デューディリジェンスを実施、最終的な価格交渉で若干時間を要したものの、両社の社長の強い意志で最終契約までこぎ着けました。
M&Aスキーム
- A社のオーナー兼社長のリタイア、さらに、現状の取引関係の維持、スムーズな従業員の引き継ぎのため、株式の100%譲渡を選択。
- 情報漏えいと交渉の長期化を避けるため、A社のオーナー社長以外の株主からは、「株式譲渡に関する委任状」を取り、交渉窓口は社長に限定。
- B社の買収資金調達の負荷軽減を目的に、株式の譲渡価額を引き下げるため、A社社長に退職金を支払うこととする。
- A社不動産(本社土地・建物)は継続使用するため、そのままB社が買い取る(株式譲渡のためそのままA社が保有)。
- A社社長は譲渡契約後に退任(一定期間は顧問のポジションで業務の引き継ぎをサポート)。また、社内の求心力を維持する目的もあって、営業部長を取締役に選任。代表取締役社長はB社の社長が兼任。

ポイント
この事例では、当初C社によるA社に対する買収打診からスタートしています(このようなケースを「仕掛け型」と呼ぶ場合もある)。A社社長が高齢で、ちょうど後継者問題に悩んでいたこともあって、打診から実質的なトップ面談まで1カ月半という短期間で進んでいます。当初、A社が売却の意思表示をしていなかったことを考慮すると、極めてスムーズに進行したことがうかがえるでしょう。
交渉開始時点から、条件を提示していたため、トップ面談のときには、おおむね条件面でもある程度妥結はしていましたが、最終的にC社の事情で見送りとなりました。これは、買収側の事前検討(体制整備)が充分になされる前に交渉が予想外に早く進んでしまったことが主たる要因と考えられます。
本件については、C社と独占交渉中は他の候補先との交渉はできませんでしたが、C社との交渉が頓挫した後、地理的・条件的な理由もあってすぐにB社との交渉をスタートできたことが大きなポイントとなりました。A社社長としても、C社に譲渡する気持ちになったところで頓挫したため、精神的な切り替えが難しかったのですが、すぐに良い相手先が見つかったことで、前向きに進める意思を固めることができたのです。
また、A社とB社の社長が「絶対に成功させる」という強い意思を持って交渉に当たったことも重要なポイントと言えるでしょう。その結果、本件については、B社への紹介から実質2カ月程度で最終決着まで進むことができたのです。

Contact Usお問い合わせ先
担当部署
帝国データバンクアクシス(M&Aチーム) 107-8680 東京都港区南青山2-5-20 TEL:03-3470-3291