1.知的資産経営の具体策
知的資産経営では見えざる資産(強み)を保有するだけではなく、活用して成果に結びつけることが不可欠です。例えば、その専門性の高さから高成長企業を創出する手段として期待されている大学発ベンチャーの中から、なかなか成功企業が生まれないのも、ともすれば研究成果を特許などで権利化して保有することが主たる目的となり、事業として活用するという視点が乏しいことが一因と言えるかもしれません。
重要なのは、保有する知的資産を自社に合った形で有効活用できる仕組みを考え、活用していくことです。
ひところより“ヒト”、“モノ”、“カネ”に続く第4の経営資源として挙げられるようになった“情報”。呼称こそ異なりますが、捉え方によっては知的資産と同じ意味合いで使われることが多いようです。そういった意味では会社や会社に属する従業員が持つ“情報資源”の有効活用を目的としたナレッジマネジメントの取組みなどは、知的資産の活用に適しています。
では、知的資産の3要素(人的資産、組織(構造)資産、関係資産)ごとの具体的な見える化事例をみていきましょう。
2.人的資産の見える化事例
“人材”を“人財”と掲げる企業が数多くあるように、企業の最も大きな経営資源は“ヒト”であることは周知の事実です。企業が持続的に成長していくためには、各従業員の能力(スキル)を見える化し、人材育成を行っていくことが必要です。
例えば、ある大手メーカーでは、各部門に習得すべき能力(スキル)を「星取表」で見える化し、習熟度を可視化できる教育システムを構築することで、従業員が網羅的に能力を習得できるようにしています。
【図表1:技能星取表の例】
工程名 | 技能内容 | 社員A | 社員B | 社員C | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
2010.3 | 2010.9 | 2010.3 | 2010.9 | 2010.3 | 2010.9 | ||
設計 | ・・・・・・ | △ | □ | ○ | ◎ | △ | ○ |
調達 | ・・・・・・ | ◎ | ☆ | ○ | ○ | - | △ |
加工 | ・・・・・・ | △ | □ | ☆ | ☆ | - | □ |
検査 | ・・・・・・ | △ | □ | ○ | ◎ | - | △ |
△ : 知識として知っている □ : 指導を受けながら作業ができる ○ : 1人で作業ができる
◎ : 段取りを含め1人で作業ができる ☆ : 指導・監督ができる
また、ものづくり企業の中では、ベテラン技術者を対象としたマイスター制度や技監職を創設し、技術伝承を組織として取り組む企業も増えています。さらに、従業員のキャリアビジョン構築に際し、ビジョンシートなどの作成を企業が支援する取組も、人的資産の見える化事例といえます。
3.組織(構造)資産の見える化事例
複数の人間が集まって活動することで相乗効果を生み出すためには、個人が持っている知識(個人知)を、組織の知識(組織知)に転換させることが大切です。ナレッジマネジメントで最も良く出てくる概念である「暗黙知から形式知への転換」も、個人として見える化する効果だけでなく、組織として共有化するために不可欠な要素であるといえるでしょう。いわば、効果的なナレッジマネジメントは、組織資産の見える化(共有化)を実践する取組みと言えます(図表2参照)。
ただ、素晴らしいシステムの構築が主たる目的となってしまい、効果的に運用されない仕組みが出来上ると、逆効果となることも少なくありません。例えば、顧客管理データベースの構築に際し、必要以上の項目を設定してしまった結果、入力に大きな負担が掛かったり、分析が疎かになったりして、“見えない化”が進むことがあります。また、クレーム情報をデータベース化して改善に活かすことは重要ですが、評価制度と連動させた結果、従業員がマイナス評価を恐れて、いわゆる“隠す化”になると本末転倒になってしまいます。
このように、組織資産の見える化は非常に重要ですが、生産的な仕組みづくりに留意してください。

【図表2:個人知から組織知へ(ナレッジの共有化)】
4.関係資産の見える化事例
規模の大小に関わらず、あらゆる企業が外部との結びつきなしでは企業経営は成し得ません。特に長年の歴史で培ってきた得意先との関係は重要な知的資産です。各企業においても取引管理台帳や顧客管理カードの活用、顧客データベースの構築により、知的資産を管理してきたと思いますが、戦略的に活用するといった観点からは、自社の取引構造を俯瞰することも効果的です。
例えば、取引先の分布図を作成して、自社の取引先を俯瞰しながら、関係資産を構築、強化していくかを考えることも大切でしょう。図表3は、帝国データバンクが提供している取引額と信用度を軸とした取引先分布図(取引先ポートフォリオ分析)です。企業規模(売上高や資本金、従業員数)や取引年数、重要度などさまざまな軸を設け、部門(拠点)別、商品・サービス別のポートフォリオを作成し、多角的に分析することで自社の営業戦略構築にも活かせます。

【図表3:取引先分布図(取引額×信用度の例)】
一方、最近は仕入先や協力先との関係が、競争優位性を保つ重要な知的資産になる場合も少なくありません。特に研究開発型企業などでは、大学や大手メーカーの研究所などとの関係が事業自体の根幹にかかわることも多いと思います。このようにパートナーシップを組む外部との関係について、営業秘密の部分を含め、戦略的な開示を検討することは、とても重要です。
5.知的資産経営とBSC
知的資産経営の具体的な取組として最もよく取り上げられるのが、BSC(バランス・スコア・カード)です。BSCは、以前より経営管理面で重視されてきた財務的要素(財務の視点)に加えて、顧客、業務プロセス、人材(学習と成長)という3つの視点をバランスよく重み付けして目標に組み込み、数値化による見える化を通じて、経営に活かしていく手法です(BSCと知的資産経営の関係については図表4を参照)。
BSCに関しては多くの書籍が出ており、詳細な説明は省略しますが、非常に親和性の高い考え方ですので、ぜひ参考にしてください。

【図表4:知的資産経営報告書とBSCの関係】

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