1.貴社の“強み”は何ですか?
帝国データバンク(TDB)では、長年にわたって信用調査報告書を通じて企業の実態を伝えてきました。しかし近年は、信用調査報告書の利用用途が与信管理だけでなく、営業開拓や仕入先・協力先選定、戦略策定などの検討資料にまで広がってきています。
最近は産業構造の高度化、複雑化によって、業種名だけを聞いてもその企業の実態を把握しづらいことが少なくありません。そこで、TDBの調査員による日ごろの調査活動においては、取り扱うものやサービス、お金の流れ(商流)と、仕入先、得意先を始めとするステークホルダー(関係先)との関係などを見える化する『ビジネスモデル取材』によって、報告書の読み手がその会社の強み、さらには「この会社が何で儲けているか」という“儲けの仕組み”を理解してもらいやすくなるように心がけています。
こうした取材や各種支援で企業を訪問すると、規模の大小を問わず、さまざまな“強み”を持つ企業が実に多いことに驚かされます。それらの“強み”を自社できちんと把握し、活かすことが企業経営には不可欠であると考えますが、その強みを知るためには高度な知識が必要であったり、自分たちでも気づいていない隠れた強みに留まっていたりなど、十分に活かされていない場合が少なくありません。
限られた経営資源を活かしていくためには、社外の関係者に伝える前に、図表1のように、「自社(貴社)の強みは何だろう?」ということを考え、社内で話し合うことも非常に効果的です。 “強み”と “儲けの仕組み”(強みの活用方法)を、社内で話し合いながら深掘りしていくことで、隠れた強みの発見につながりますし、営業トークの共有化にもつながります。「社員だから分かっているだろう」という先入観は持たず、みんなで自社の強みについて話し合うことこそが、知的資産経営の第一歩です。

【図表1:貴社の強みは?】
2.知的資産経営とは
知的資産経営については、近年、産官学のさまざまな分野で取組みが進んでいます。
もともと、知的資産経営は近年、飛躍的な経済成長を遂げた北欧諸国で始まった考え方ですが、国内でも経済産業省が2005年2月に研究会を立ち上げて以来、さまざまな施策にもこの考え方が取り入れられるようになっています。これは、日本経済の基盤を支えている中小企業において、見えざる資産の把握、活用が非常に重要であることの表れであり、ここ数年は毎年11月ごろに、「知的資産WEEK」を開催し、国内外の専門家による発表や先進企業の事例紹介を通じて普及に努めています。また、経済産業省では図表2のようなポータルサイトを開設するなどして、情報提供を行っています。

【図表2:経済産業省知的資産経営ポータル】
https://www.meti.go.jp/policy/intellectual_assets/
「知的資産」や「知的資産経営」については、研究者や実務家の間で、定義が異なる場合がありますが、国内で初めて作成された知的資産経営に関する公的なマニュアル「中小企業のための知的資産経営マニュアル(※1)」 では、知的資産とは「従来のバランスシート上に記載されている資産以外の無形の資産であり、企業における競争力の源泉である、人材、技術、技能、知的財産(特許・ブランドなど)、組織力、経営理念、顧客とのネットワークなど、財務諸表には現れてこない目に見えにくい経営資源の総称」であると書かれています。
※1 独立行政法人中小企業基盤整備機構が2007年3月に出した知的資産経営報告書作成支援のマニュアル。同法人HP(https://www.smrj.go.jp/keiei/chitekishisan/)にて全文ダウンロード可能。
みなさんの会社がどんな知的資産を保有しているかについては、具体的な事例を考えてみると分かりやすくなります。3つに分けて考えてみましょう。(図表3参照)
人的資産 | 従業員が退職する際に、持ち出される資産 |
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組織(構造)資産 | 従業員が退職しても、会社(組織)に残る資産 |
関係資産 | 企業の対外関係に付随したすべての資産 |
【図表3:知的資産の3分類】
(古賀智敏『知的資産の会計』を参考にして作成)
まず、「営業マンの人脈」や「従業員の持つ技術、ノウハウ」、さらには「社長のカリスマ性」など属人的な強みを「人的資産」と呼んでいます。訪問企業で、「人材」を「人財」と“宝”として書いた色紙が置いてあることがありますが、まさに人を大切な“財産”としてとらえている現れと言えるでしょう。経営者など会社のキーマンがいなくなることで、会社自体が弱体化してしまうケースは、人的資産がその会社にとって不可欠な知的資産であったと言えます。
次に、会社や組織に関係する資産を「組織資産(構造資産)」と呼びます。具体的には各種データベースや知的財産(特許など)、社内の仕組みなどが該当します。ものづくりの国・日本を支えてきた“現代の名工”自体は人的資産と言えますが、その技術伝承の仕組み(教育体制)は組織資産となります。また、会社の方針や企業理念なども非常に大切な組織資産です。
3つ目は「関係資産」と言います。具体的には顧客や仕入先、金融機関など社外との関係に関連した強みを指します。調査員が企業を訪問した際、取引先の名刺を並べて、自社の“つながり”をアピールする経営者がいらっしゃいますが、この行為はある意味、関係資産をPRしていると言えます。また、専門性の高い研究者や大学との共同研究を開示される企業も、関係資産が重要な知的資産であるという認識を持っていると言えるでしょう。
知的資産は図表3の通り、人的資産、組織資産(構造資産)、関係資産の3つに分類されることが一般的です。この分類方法は、1998年から2001年の間、ヨーロッパの6カ国(スカンディナビア3国、デンマーク、フランス、スペイン)が組成した、無形財のマネジメントとレポーティングのガイドライン策定プロジェクトである「MERITUMプロジェクト」によって検討されたものですが、今のところ制度会計上の勘定科目の様に明確に定義づけられたものではありません。ただ、人的資産と組織資産を分類した上で、あり方を見つめなおすという観点は、ナレッジマネジメントのアプローチですし、人的資産・組織資産(社内で有する資産)と関係資産(対外関係における資産)との分類は、組織間関係を見つめなおす非常に重要なプロセスですので、知的資産経営を実践する際に、活用する企業が増えています。
3.知的資産経営のステップ
また忘れてはならないのが、この知的資産とは無形の経営資源であるため、保有するだけでなく、活用し、開示することによって存在が実感され、初めて企業価値を高めることができるということです。
具体的には知的資産経営では、“作る(創造)”、“まもる(保護)”という資産(強み)を“保有する”という考え方だけではなく、保有する資産を“活かす”という発想の下、図表4のように “知る”、“使う”、“伝える”という3つのステップが不可欠となります。

【図表4:知的資産経営の3つのステップ】
次回からは、この3つのステップについて具体的にお話しましょう。

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