今回は、IFRS最新情報として、わが国の会社法とIFRSの関係について、10月30日に法務省が公表した「国際会計基準に関する会社法上の論点の調査研究報告書」((*1)以下、「報告書」)を取り上げます。
この報告書は、(個別)計算書類に国際会計基準が適用された場合における,分配可能額規制の在り方を始めとする会社法上の問題点等について調査研究することを目的として法務省が株式会社商事法務に委託していたもので、筑波大学ビジネス科学研究科の弥永真生教授がとりまとめを行われています。
この報告書は全部で103頁にも及びますが、今回は、報告書の概要とそこで挙げられている課題について考えてみたいと思います。
この内容が即座に会計実務に影響するわけではありませんが、報告書を一読することで、改めてIFRSが指向している会計と、わが国の会計制度、いわゆる金融商品取引法・会社法・法人税法(税務会計)の「トライアングル体制」について考える機会になると思います。
(*1)本報告書は法務省ホームページからダウンロードすることができます。
(https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00119.html)
報告書のテーマと概要
この報告書は、債権者保護の観点から、IFRS導入時の会社法上の分配可能限度額規制について、既にIFRSを導入した国々の制度を紹介しながら、日本でIFRSが導入された場合の法制度上の課題について論じています。
■国際会計基準の導入と分配規制上の対応
■「資本と負債との区分」と会社法上の問題
■会社債権者保護の方策
この報告書を読むに際して、私見ではありますが、章ごとの問題意識は概ね以下の点におけばよいと思いますので、参考までに示しておきます。
1について
IFRSは様々な資産・負債項目について公正価値評価を要求しているが、資産・負債の公正価値評価によって生じた利益を
会社法上分配可能なものとして認識できるのかどうかという点
2について
IFRS(IAS32)では、J-GAAPでは資本(純資産)に計上される項目について、負債に計上される可能性があるが、このことが
会社財産確保の基礎となる資本金等にどのような影響を与えるかという点
3について
上記1・2で挙げられているような項目について、利害関係者の責任という点
国際会計基準の導入と分配規制上の対応
この章では、まずEU構成国における会社法計算書類の対応として、(1)特に対応していない国、(2)公正価値評価に対して分配不能準備金として公正価値準備金などの設定を要求する国、(3)分配可能額算定にあたって支払不能テスト(*2)や実現利益テスト(*3)を要求している国があることが紹介されています。
さらにEU以外の国の対応としてノルウェー、ニュージーランド、オーストラリア、カナダの対応が紹介されています。
そして、最後に「日本法への示唆」として、これらの制度比較を通じた分配可能規制上の対応について述べられています。
特に、「現在の会社計算規則158条(*4)のような個別的な対応など、貸借対照表上の数値と資本制度とに基づく分配規制から根本的なパラダイム転換を行うことを、日本でも検討することが考えられてもよいであろう」とし、「現在の日本の会計基準の下でも、負ののれんを分配可能額算定上控除しないことはバランスを欠いているように思われるし、オフバランスであるため、未認識の数理計算上の差異や過去勤務費用を分配規制上考慮することをまったく要求していないことは、分配規制の実効性を損なってしまうおそれがある」ことを指摘しています。
ここで、「負ののれんを分配可能額算定上控除しないことはバランスを欠いている」というのは、(正の)のれんについては、会社計算規則158条でのれん等調整額として、分配可能限度額算定上、考慮することが求められていることとの不整合を指しています。
なお、未認識の数理計算上の差異や過去勤務費用については、2012年5月17日ASBJから公表された企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」が公表されていますが、これはあくまで連結財務諸表上の対応ですので、相変わらず個別財務諸表(計算書類)上は、これらの項目がオフバランスとされ、分配可能利益の計算にも反映されないこととなっています。
(*2)債務の弁済が不能となる場合には配当の支払いを行えないことを検討するものです。
(*3)分配可能性の観点から利益が実現しているかどうかを検討し、実現利益から実現損失を控除した金額を分配可能利益とするものです
(*4)会社法計算規則第158条は分配可能限度額の算定に際して、個別的に対応することが必要なその他有価評価証券評価差額金や土地再評価差額金、のれん等調整額等の取扱いについて規定しています。
「資本と負債との区分」と会社法上の問題
この章では、会社法上の分配可能限度額に及ぼす影響の観点から、IAS32の負債的な性格を持つ金融商品(例:優先株式、取得請求権付株式、新株予約権)について論じています。
本章でも、IFRS適用国におけるこの問題への対応について紹介し、さらに「国際会計基準審議会の動向」として基本的所有アプローチについての議論と日本における種類株式の取扱い等が述べられています。
最後に「わが国に対する示唆」として、上記負債的な性格を持つ金融商品がIAS32に従って、資本ではなく負債として計算書類に計上された場合に、資本金及び資本準備金の額に及ぼす影響が述べられています。
また、IFRS導入時の自己株式の取得、償却及び新株予約権の分配可能限度額の算定に際して生じる問題について述べています。
会社債権者保護の方策
この章では、会社債権者保護の観点から資本欠損時の対応、取締役の責任、法人格否認の法理、社員・株主の責任や債権の劣後等について、IFRS適用国におけるこの問題への対応について紹介しています。
この章は、前の2章とは少し趣が異なり、分配可能額と利害関係者の会社法上の責任についての論述が中心となっています。
章の最後では、わが国におけるIFRS導入時の検討点として以下の項目を挙げています。
■IFRS導入により、資本制度と組み合わされた貸借対照表上の数値に基づく分配規制の実効性・有効性あるいは的確性が
失われるとした場合の、取締役の責任の重要性の増大
■IFRS導入により、分配規制を通じた実効的な会社財産の確保に懸念が生ずるとした場合の、会社の財産および損益の状況に
関する開示の重要性の増大
■IFRS導入により、貸借対照表上の数値に基づく分配を的確に行うことが困難になった場合、分配可能額を超えた分配に
係る支払義務により、会社財産の回復を図ることが困難になる可能性があることから、株主または取締役の責任についての
再検討の必要性
まとめ‐わが国の会計制度とIFRS
冒頭でも述べましたが、わが国の会計制度は金融商品取引法・会社法・法人税法(税務会計)の「トライアングル体制」として整備・運用がなされてきました。特に、金融商品取引法会計と会社法会計は、開示の形式等に相違があるものの、提供される情報の本質は同一であるというのが、大前提となっています。
しかし、改めて言うまでもなく、IFRSは現行会社法会計の趣旨である、債権者保護のための財産確保計算(分配可能額の計算)ということをその会計の目的にしていませんから、仮にIFRSが単体の計算書類にも適用される場合には、公正価値の変動やオフバランス項目、それに負債的性格を有する金融商品の取扱いについて制度上の手当を行わなければなりません。
今後わが国の制度会計、特に会社法会計がどのようになっていくかは不透明な部分も多いのですが、仮にIFRSが単体の計算書類にも適用される場合には、実務上は、分配可能額の計算のために別途収集しなければならない項目の把握や、分配可能額算定のための数値を簿外で別途管理するための対応といった点が課題と言えそうです。

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