レポート第24回:タイの会計事情(1)

2012/11/07

今回は、昨年洪水による甚大な被害を受けたものの、中国に続く日本企業の一大投資拠点としての存在感を増しているタイの会計事情について取り上げます。

タイにおいては2011年1月1日開始事業年度よりIFRSをベースとしたTFRS(Thai Financial Reporting Standards)の適用が開始されています。詳細は後述しますが、タイにおいては上場企業も非上場企業もこのTFRSを適用して会計処理を行う必要があります。
本稿では、タイに駐在をされている公認会計士の方に最新のタイの会計事情について電話でお話を伺いました。会計基準の実際の運用状況の他、洪水後の一般的な投資・ビジネス環境も併せてご紹介したいと思います。

2011年の洪水後のビジネス環境・投資環境はどのようなものなのでしょうか?多くの企業がタイから撤退したのでしょうか?

2011年の洪水は確かに日本企業に甚大な影響を及ぼしました。しかし、洪水被害によりタイから撤退した企業はむしろ少数派で、多くの企業が復旧・復興の道を選択しました。洪水による損害が保険金によってカバーされた面ももちろんあるのですが、それを差し引いてもタイに投資を続けることに意義があると考える企業が多いのだと思います。
日本企業がタイで重要な位置付けであることには変わりありません。象徴的なのはバンコク市内では、日本車のシェアが8割を占める点です。日本企業がタイの国民生活に入り込んでいることを象徴する光景と思います。
近年のビジネス環境の変化として一つ挙げるとすれば、「人件費の上昇」です。一日の最低賃金が300バーツ(2.5円/Bahtで換算すると700円)となりましたし、タイ国内の物価上昇率は年5%といわれており、今後インフレーションの発生に対する懸念もの声も挙がっています。
この人件費の上昇と併せて日本企業にとっての悩みの種は雇用の不安定な状況です。タイ人は賃金だけで条件面が良ければ、簡単に転職をしてしまう傾向があります。特に南部の新興工業団地では人手不足もあり、優秀な人材の奪い合いが発生しています。このようなタイ人の気質も人件費上昇につながっています。
また、洪水後は洪水のリスクが少ないとされている工業団地の人気が高まり、空いている土地が次々と売れています。土地を購入する企業は日本企業に限りません。被災した企業が、従来の拠点から移動して新工場を建設するケースも多いです。

タイの会計基準はどのようになっているのでしょうか?

タイにおいては2011年1月1日開始事業年度よりIFRSをベースとしたTFRS(Thai Financial Reporting Standards)の適用が開始されています。TFRSは基準書の構成も基本的にIFRSと同じです(例えばTAS16有形固定資産は、IAS16有形固定資産に該当)タイにおいて特徴的なのは、上場・非上場企業の別を問わず、全ての企業がこのTFRSに基づいて会計処理を行うことが必要な点です。
また、2011年のTFRS適用時においては、いくつかの重要な基準、例えばTAS12法人所得税やTAS39金融商品などは適用が先送りされました。これらについては2013年1月1日開始事業年度より適用が予定されています。

多くの日本企業はタイにおいて、非上場企業となると思います。この非上場企業向け会計基準の特徴はどのようなものでしょうか?

まず名称についてですが、上場向け会計基準がTFRS for PAEs(Publicly Accountable Entities)と呼ばれるのに対して、非上場向け会計基準はTFRS for NPAEs(Non- Publicly Accountable Entities)と呼ばれています。
そしてこのNPAEsでは、実務上の負担軽減の観点からいくつかの基準について適用が除外されています。適用が除外される基準は例えばTAS7キャッシュ・フロー計算書やTAS36資産の減損といった会計基準です。
日本企業は多くの場合このTFRS for NPAEsに基づいて作成された現地財務諸表を取り込むことになります。
いくつかの基準については導入間もないこともあり、適用が定着していない状況も見受けられます。例えば、退職給付引当金の計上については、重要性が乏しいため計上していない場合もあり、運用についてはまだまだバラつきがみられるのが現状です。

タイにおける会計監査制度はどのようになっていますでしょうか?

まず会計監査について特徴的なのは、タイの民商法典において、上場・非上場の別を問わず全ての株式会社はタイ国の公認会計士の監査を受けなければならないとされている点です。
さらに、歳入法典(税法)により法人所得税の申告者は、公認会計士による監査(税法監査)が要求されており、駐在員事務所や恒久的施設(PE)を運営する場合も例外ではありません。
この他日本企業は多くの場合にBOI(*1)への投資申請を行い、法人税や機械設備・輸入原料の減免などの優遇措置を受けています。この減免措置を事業報告書に公認会計士の監査報告を付して提出することが必要となっています。この監査は、機械への投資や日々の生産量が条件通り行われているかについて行われ、通常の監査報酬とは別のコストとなって発生します。
この他、英語版のアニュアル・レポートの作成を公認会計士に依頼する場合も通常の会計監査とは別コストが発生します。
非上場企業の場合には、日本の場合と比べるとそれほど監査報酬は高くはないと思いますが…。

(*1)BOI(Board Of Investment)は、タイ投資委員会であり、タイへの投資を促進するためのインセンティブを提供する責任を有する政府機関です。

その他、日本企業にとってタイでビジネスを行う上での注意点はありますか?

昨年の大洪水は「50年に1度」などと言われていますが、タイという国でビジネスを行う上で、やはり自然災害のリスクというのは避けられない課題と思います。バンコク市内などは雨が降ればどこかで必ず冠水していますし…。
先日のメディアの報道(*2) にもありましたが、大洪水の後日本企業が洪水に関する保険の更新や新規の保険契約の締結を行いにくい状況が生じており、重要な工場・機械設備等が洪水被害に関して無保険状態となってしまうリスクがあります。
また、現在は安定をしていますが、政情に関するリスクも大きなリスクであり、これは上述の保険よりも企業にとってコントロール不能なカントリーリスクです。
このようなリスクとビジネスチャンスをどのように捉えるかがタイへの投資を行う企業にとって重要な課題と思います。

(*2)2012年9月23日日本経済新聞朝刊を参照して下さい。

【参考文献】

■久野康成公認会計士事務所 株式会社東京コンサルティングファーム 小林守著「タイの投資・会社法・会計税務・
 労務」(2011年 TCG出版)

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