レポート第14回:IFRSと重要性(2)~重要性の考え方の基本~

2011/06/07

今回は「IFRSと重要性」に関する応用的な内容を取り上げます。
以前「IFRSと重要性(その1)」では、IFRSにおける重要性の考え方について、(1)企業価値をベースに考える方法と(2)監査法人が監査上採用する重要性をベースに考える方法の2つの方法をご紹介しました。
そこでご紹介した方法は、いわゆる「一般的な方法」ですが、逆に言えば、企業のビジネス環境や企業のライフサイクル(企業は今、成長期にあるのか?それとも成熟期にあるのか?それとも・・・)という投資者が投資意思決定をするにあたって当然考慮するであろう企業特有の事象を捨象していました。

財務諸表利用者が注目するのが圧倒的に利益であるため、監査実務上は利益ベースによる重要性基準を設定するケースが圧倒的に多くなっています。しかしながら、会計処理上の重要性は単に「連結税引き前当期純利益の××%」あるいは「連結純資産額の××%」というように一律に決定できるものではありません。なぜならば、重要性の具体的な判断基準は企業の個々の状況によって異なり、さらに量的な基準のみならず企業ごとの特有な勘定科目の質的な側面、さらには、企業の当期の事業活動に加えて、企業のビジネス及び産業の特質や将来の成長性も検討しなければならないからです。

今回は、監査人が採用する重要性の考え方をベースにしながら、それよりもより具体的な方法、すなわち「財務諸表の利用者がその企業の財務諸表を利用するにあたって特に注目する指標は何か?」という視点をとりいれた重要性の決定方法をご紹介したいと思います。

重要性の考え方の基本

まず、改めてIFRSの会計処理における重要性についての考え方の基本を確認しておきましょう。
IFRSの会計処理の適用に当たっては、「投資家の意思決定のために正確な情報を提供する」利益と「厳密な会計処理による実務コストを削減する」利益を衡量して、適切なバランスでそれを行う必要があります(IFRSの憲法である概念フレームワークでも「費用(コスト)対効果(ベネフィット)」の考慮が求められています)。
そこで用いられるのが「重要性」の概念であり、上記の理由からそれは「投資家の意思決定に与える影響」で判断されます。投資家の意思決定は基本的に「企業価値の評価」を通じて行われることが想定されているので、そのプロセスに沿った検討が適切です。

さて、「IFRSと重要性(その1)」でも取り上げたように、IFRSの「重要性」を考えるのにあたって一つのヒントとなるのは監査人が監査上採用する重要性の考え方です。

監査人はどのような思考プロセスで監査上の重要性を決定するのでしょうか?

監査人は監査上の重要性の決定にあたっては、まず企業のタイプや、企業が事業を営む産業組織及び産業構造、さらに法律や各種の規制によって要求される財務報告のフレームワークを理解し、その理解に基づいて予想される財務諸表の利用者を決定します。その上で、財務諸表利用者にとって何が重要であるかを考慮して、最も適切な重要性基準の決定を行います。

監査人が監査上採用する重要性の考え方は「監査基準委員会報告書第42号 監査の計画及び実施における重要性」(中間報告)等を参考にできます。この監査基準委員会報告書42号で示されている重要性の考え方の基本的考え方は次の通りです。

重要性の決定にあたって特に重要なのは上記の式のうちの第一項すなわち財務指標に何を用いるかという点です。この点についても同報告書で言及がなされており、適切な指標の識別に影響を与える要因の例示としては次のものが示されています。

これらの例示された要因のうち、今回ご紹介する考え方を理解する上で重要なのは上記太字でも示した通り「当該企業の財務諸表の利用者が特に注目する傾向にある項目の有無(例えば、業績評価のため、財務諸表の利用者が利益、収益又は純資産に注目する傾向がある。)」という点です。

投資家は何を基準に企業価値を評価するか?

投資家が企業価値を評価するにあたっては当然ながら、現在の利益率といった財務指標だけではなく、企業の成長性や市場の競争度といった様々なファクターを考慮に入れます。もちろん投資家によって企業の評価は区々であり、すべての企業の状況をモデル化できるわけではありませんが、ここでは企業の状況を典型的な3パターンに分類して考えてみることとします。

1.利益率が比較的高い企業

まず比較的利益率が高い会社、相対的に市場の競争が激しい業界に属する銘柄は、到達利益水準及びその期待から企業価値の形成がされます。到達利益の水準やそれによって裏付けられる将来の利益への期待が、将来のキャッシュフローの創出能力を示す指標として重要視されます。このような会社では、純利益をベースとした重要性の設定が適切です。

■例:時価総額1200億、純資産1000億、純利益100億(純資産利益率10%)

■時価総額は純利益の12年分(PER=12)
・企業価値形成は現在の利益水準を中心に行われていると考えられる。

■重要性は純利益の10%をとって、10億
・「10%」は企業価値へのインパクトを考慮した設定です。

2.現時点では利益率は低いが今後成長が期待できる企業

まだその段階に至っていない会社はどうでしょう。まだ利益率が高くない(ときにマイナス)会社であるが、将来の到達利益水準への期待から企業価値の形成がされ手いるような会社です。(IPOブームの頃は、IT/バイオベンチャー企業がそのような評価を受けていましたね。)将来の成長が見込まれる企業であれば、現在の利益率・利益水準が低かったとしても将来への期待があれば将来の収益水準によって企業価値を評価する方が適切であると言えます。従って、このような会社では、企業価値の形成は現在の利益水準よりも、将来の到達利益への期待感が将来のキャッシュフローの創出能力を示すものとして重要視されます。

■例:時価総額2000億、純資産1000億、純利益40億(純資産利益率4%)

■時価総額は純利益の50年分(PER=50)、現在の利益水準に比較して過熱気味。
・企業価値形成は将来の収益期待を中心に行われている。

■将来収益の期待水準は、80億~(PER=~25/標準的レンジ)

■重要性は将来収益の10%をとって、8億

上記の2ケースでは、現在の利益水準か、将来の利益水準かという違いはあるにせよ、企業の創出する「利益」に着目して重要性の決定を行っています。これは、財務諸表利用者は経営成績に重要な問題が生じていない状況では、とりわけ利益に注目していることが多いことを考えればイメージがしやすいと思います。

なお、監査上は一般的に「利益」のうち、税引前当期純利益を重要性算定の基礎とすることが通常ですが、必ずしも税引前利益だけが重要性算定の基礎となるとは限りません。例えば、企業の業績が非常に不安定な状況(利益計上と損失計上を繰り返すようなケース)では税引前利益を受容性算定の基礎とはせず、売上高や簡易的なCFを示すEBITDA等を重要性算定の基礎とすることがあります。もちろん、このようなケースでも「財務諸表利用者が特に注目する指標は何か?」という点を十分考慮する必要があります。

3.利益率が低く、事業環境が安定している企業

では、利益率が低く、比較的事業環境が安定している銘柄はどうでしょうか。このような企業は利益水準からみると割高に評価されており、資産(清算)価値が企業価値の形成に大きく影響を与えています。(減損によって資産価値の引き下げが行われるリスクが高い会社でもあります。)このような会社では、資産価値をベースとした重要性の設定が適切です。

■例:時価総額800億、純資産1000億、純利益20億(純資産利益率2%)

■時価総額は純利益の40年分(PER=40)、PBR=0.8<1
・企業価値形成は利益水準を中心に行われているとは考えにくい。

■低くても4%程度のROEは市場から求められる。
・企業価値は500億分程度しか説明できない。
・資産価値からの評価(+500億)+ディスカウント(-200億)

■重要性は純資産の0.4%をとって、4億
・「0.4%」は資産価値からの評価、最低要求利益水準を考慮し、その10%

上記のように資産基準を用いて重要性の決定を行うケースのより直観的なイメージとしては、「企業の経営成績が非常に悪く、財務諸表利用者の注目点が企業の債務支払能力あるいは弁済能力である場合に、純資産残高を重要性算定の基礎とする」という例が分かりやすいのではないでしょうか。

まとめと取引レベルへの落とし込み

さて、上記でご紹介した監査人の重要性決定に際しての思考プロセスは「財務諸表利用者にとって何が重要であるか」に着目して重要性の決定を行っていることが分かります。このような監査人の考え方を参考にすると、IFRSの会計処理における重要性の決定においても「財務諸表利用者にとって何が重要であるか」に着目して重要性の決定を行うことが一つのポイントであるといえます。
実際の実務への適用においては、デット(負債)・ファイナンスの影響などを考慮した若干の調整が必要となりますが、おおむね以上の3類型とその応用で重要性の設定は可能です。
実際には、全ての企業が上記の3類型のいずれかに当てはまるわけではなく、さらに上記3類型のみが重要性算定のモデルではないため、IFRSの会計処理における重要性の決定に際しては「財務諸表利用者が特に注目する指標は何か?」を考慮してバランスのとれた重要性の決定を行う必要があります。
また、重要性の取引レベルへの落とし込みにおいては利益への影響パターンを個別に考慮して、重要性基準を活用する必要があることになります。これについては、また機会を改めてご説明することにしましょう。

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