今回はIFRSにおける「重要性」について考えてみたいと思います。
一般的にIFRSはプリンシプル・ベース(原則主義)による会計基準であるといわれ、会計基準上、例外的な処理に関する記述は非常に少なくなっています。このことから、IFRSが適用された場合、「出荷基準による売上の計上は一切認められない」「連結財務諸表上、親会社と子会社の決算日は全て統一しなければならい」「全てのリース資産はオンバランスされなければならない」といった主張もなされています。
しかし、IFRSが原則的な処理のみを記述し例外的な処理を明記していない理由は、「例外を認めない」という事ではなく、概念フレームワークを含めたIFRSの原則の趣旨の範囲内において「経営者の判断」に委ねるという趣旨であるということにあるのです。従って、IFRSに定められた原則的な処理を行わず、例外的な処理を行う場合には「その処理を採用した理由とその合理性」を監査人及び投資者に説明できるようにすることが肝要です。
そこで、この「経営者の判断」を行うにあたってキーとなるのが「重要性」です。
従って、ある会計事象について、原則的な方法を採用するか否かの局面においては、

というロジックが成立することになります。
なお、一般的には「重要性」は金額ベースで表現されることになります。
重要性に関する2つの考え方
では、実際に「重要性」はどのようにして考え、算定すればよいのでしょうか。ここでは、(1)企業価値をベースに考える方法と(2)監査法人が監査上採用する重要性をベースに考える方法の2つの方法をご紹介したいと思います。
■企業価値をベースに考える方法
この方法の基本的な発想は、(IFRSの想定する)投資家が究極的に必要としている情報は「企業価値」であるから、重要性の決定もまた、投資家への意思決定の影響度を考慮して行うべきであるという考え方に基づいています。
■想定
■東証1部上場 時価総額5000億
■PBR(株価簿価比率)1.25倍
→ベースになっている簿価は、4000億円
■算定方法
■簿価純資産4000億×1%=40億
→有利子負債をここに加算する方法もあります
■結論
■40億円を超える会計処理のインパクトは重要と考え、厳密な処理(=原則的な方法)を採用することとします。
→累計して40億を超える場合もそれなりに重要性があると考えて、会計処理一つ一つのレベルでは半分の20億を採用すると言うことも考えられます
IFRSを適用しているEUではこの方法を採用している企業もみられます。
■監査法人が監査上採用する重要性をベースに考える方法
企業価値(投資家の意思決定への影響)をベースに重要性を考える方法以外に、監査法人が監査上採用する重要性を参考にする方法も考えられます。監査法人が採用する重要性は一律に決定されるものではなく、各々の監査法人のメソドロジーによって異なってきます。このメソドロジーは監査法人にとってのトップ・シークレットであることが多いため、直接この重要性を知ることは難しいですが、監査基準委員会報告書等(*1)を参考にすることでどのような考え方をもって監査法人が重要性を決定しているかを理解することができます。
この方法では、基本的に財務諸表の特定の項目(勘定)に対して一定の比率を乗じた金額を重要性として捉えます。
■一般的に採用される指標
■税引前当期純利益の5%など(営利を営む製造業の場合)
→単年度の利益を用いるのが通常であるが、変動性のある指標であるため、長期平均等を行うこともある
ほとんど監査の場合、利益を基準にしたこの指標を用います。ただし、利益の水準が異常である場合等には総資産や売上高を基準とすることもあります。
■一般的に採用される指標
■総資産の0.5%、純資産の1%など
→資産ベースの指標であり、「企業価値による方法」と整合的
■売上の0.1%~2%など
→売上の計上基準次第で大きく変わる
もちろん上記は一例に過ぎず、個々の企業がおかれた環境(業種業態・利益の変動性・勘定科目の性質)によってこれらは変化します。
(*1)例えば、監査基準委員会報告書42号「監査の計画及び実施における重要性」(中間報告)や内部統制監査実施基準等を参照してください。
IFRSにおける例外的な処理
さて、IFRSにおいて重要性基準が問題になる例(IFRSの基準通りではない=簡便的or例外的な処理)をいくつか考えてみましょう。
■収益認識(物品の販売)について、出荷基準によって収益を認識する。
■連結の範囲について、IFRSでは全ての子会社を連結の範囲に含めなければならないと規定されているが(IAS27号12項)、重要性が極めて低い子会社については、簡便な連結方法を採用する(会社間取引、債権債務の相殺、未実現利益の消去を簡便に行うなど (*2))、もしくは連結の範囲から除外する。
■退職給付債務について、IFRSでは、退職給付債務は原則として厳密な割引計算等によって算定される必要があるが(IAS19号)、退職給付について、割引期間、給付予定総額に重要性のない従業員グループに対しては期末要支給額に一定の補正を加えた方法で退職給付債務を算出する、もしくは小規模企業等に認められるいわゆる簡便法を用いて退職給付債務を算定する。
■開発費について、IFRSでは開発費のうち特定の要件を満たすものについては資産計上することが求められるが(IAS38号21項)、重要性基準に満たない開発費については資産計上せずに発生時に費用処理する。
■連結決算日について、IFRSでは連結財務諸表の作成に用いる親会社及びその子会社の財務諸表は、同じ日現在で作成しなければならない(IAS27号22項)と規定されているが、重要性の低い子会社については決算期を統一せず、決算日のズレによって生じた重要な取引または事象による影響について調整するのみとする。
等々、探せばいくらでも出てきます。
これらの処理は、実務上どのように対応すればその採用が認められるのでしょうか? 実務上は、「厳密な処理をした場合とそうでない場合で、どのくらいの金額の影響が財務諸表に出てくると見積もられるのか?」、そして、「その影響は財務諸表全体にとって重要なのか?ひいてはそれが財務諸表利用者である投資者の経済的意思決定に重要な影響を与えるのか?」を考える必要があります。
(*2)ケーススタディ3:連結の範囲を参照してください。
実務上の対応例
上記の例について、原則的でない処理を採用しようとする場合の実務的な対応については次のような対応が考えられます。
■収益認識:製品引渡し時に顧客から受領書を受け取ることはせず、製品が引渡し場所に到着した時点で収益を認識したり、出荷時点で収益を認識しつつも、期末日前の数日間は出荷を行なわず、実質的に引渡し時点で収益を認識する。(*3)
■連結の範囲:自社で売上高ベース等の重要性を定め、連結上の影響がその金額未満の子会社については厳密な連結処理を行わない。ルノー社の場合、自社で売上高及び棚卸資産基準による重要性の金額を定めた上で、その金額に満たない子会社については連結を行わず(投資と資本を相殺消去せず)、当該子会社に対する投資勘定を連結貸借対照表のその他固定資産に計上していました。
■ 退職給付債務の算定:いわゆる簡便法によった場合に、IAS19による原則的な方法(厳密に割引計算等を行う方法)との差額を算定し、その差額に重要性が認められないのであれば、簡便法による計算を継続採用する。
■開発費の資産計上:資産計上開始・終了のタイミングや数値基準を各社独自に設定しており、各社の合理的な判断に基づいた会計処理が行なう。例えば、ルノー社は開発費総額の50%、MAN社は同5%を資産計上している。(*4)
■連結決算日:中国やインドのように決算期が法律によって統一されており、決算期を変更することが実務上不可能な場合もあります。実際にIFRSを適用した欧州企業の中には「実務上不可能な場合を除いて」(IAS27号22項など)という規定をかなりの多くの企業が使っているものと考えられます。 (*5)
(*3)この対応例は企業会計審議会資料「IFRSに関する欧州調査報告」(2010年6月8日)より抜粋したものです。同報告ではこの他にもIFRSの原則的な処理によらない欧州企業のIFRS適用状況がいくつか示されています。
(*4)同上
(*5)企業インタビュー2(後半)でも、インドにおける事例を紹介しています。
まとめ
さて、IFRS適用上の重要性の決定に際しては、監査人と合意を早期に得ておくことが大変重要です。
また、金額的な重要性によると「重要性がない」と判断された項目について、「質的な重要性」の観点からの検討が必要になることもあることに留意が必要です。
さらに、重要性基準は特定の財務数値に対して一定の率を乗じて算定するものですが、その算定方法を頻繁に変更しない(重要性基準採用の継続性)ことも肝要です。

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