レポート第9回:繰延税金資産の回収可能性

2011/03/01

今回は税効果会計にかかわる論点のうち「繰延税金資産の回収可能性の判断」に焦点を絞って、IFRS早期適用会社の事例を手掛かりに日本基準とIFRSの違いを解説します。

繰延税金資産の回収可能性

繰延税金資産を直観的に説明すると、企業会計上の当期純利益と法人税等を適切に対応させるために、当期または過去に発生した法人税等を資産として繰り延べたものです(*1)。代表的なものには、固定資産の減価償却限度超過額や退職給付引当金にかかわる税額があります。

ただし、無条件にすべての繰延税金資産を計上することは、IFRS・日本基準いずれも認めていません。将来、会計と税務の差異が解消される期に十分な課税所得があることが条件です。なぜなら、解消される期に十分な課税所得が見込めない場合、繰延税金資産に法人税等を軽減する効果が見込まれず、その資産性に疑問符が付くためです。

このため、将来課税所得の見積もりを基に繰延税金資産のうち回収可能と判断できる金額を決定すること(回収可能性の判断)が、いずれの基準でも求められるのです(*2)。

(*1)より正確に言えば、繰延税金資産は、将来減算一時差異や繰越欠損金等に関連して将来の期に回収される税金の額です。
(*2)IFRSでは、税金の減額効果が見込めるだけの課税所得が得られる場合にのみ繰延税金資産を認識します。一方、日本基準では、繰延税金資産をいったん全額認識し、そのうち回収可能性がないと判断された金額(評価性引当額)を控除します。つまり、繰延税金資産の認識について両基準は異なる考え方をとっています。ただし、将来課税所得の見積もりに基づいて税金減額の可能性を判断する必要があるのは両基準に共通です。この意味で、IFRSについても「繰延税金資産の回収可能性」という用語を使います。

IFRS早期適用各社の事例より

次に、IFRS早期適用各社が開示している「資本に対する調整表」を手掛かりに、繰延税金資産の回収可能性判断に関する調整が、IFRS適用企業の財務諸表に与える影響を見てみましょう。

三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)とHOYAについて、繰延税金資産の調整が資本に与える影響を下表に示しました。興味深いことに、業種が異なるにもかかわらず「繰延税金資産の増額調整」が両社の資本調整の大きな部分を占めています。また、両社の資本に対する調整表を詳細に見ると、繰延税金資産の増額が単独では最大の調整項目となっていました。

繰延税金資産GAAP調整(日本基準 → IFRS)が資本に与える影響

 

SMFG(2010年3月末)

HOYA(2010年3月末)

IFRSによる資本 (A)

75,617億円

358,749百万円

日本基準による純資産 (B)

70,008億円

351,472百万円

差異  (C) = (A)-(B)

5,609億円

7,277百万円

(うち、繰延税金資産) (D)

5,328億円

6,054百万円

(D) / (C)

95%

83%

(注)SMFGは、2010年11月にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場するにあたり、IFRSによる財務諸表を米国SECに提出しました。同社のHPでは2010年3月末における資本に対する調整項目が説明されています。

開示資料によれば、SMFGは、「一時差異が実現するまでの期間を限定せずに、一時差異に対して将来の課税所得を利用できる可能性が高い範囲で認識」された結果、繰延税金資産を増額したとのことです。HOYAは、繰延税金資産の増額6,054百万円のうち4,032百万円は、「全ての繰延税金資産の回収可能性を再検討した結果」であると述べています。

これらの事例は、IFRS適用で繰延税金資産の回収可能性の判断が変化し、企業の財政状態に大きな影響を及ぼす可能性を示しています。近年の会計と税務の乖離は我が国の企業の繰延税金資産を大きく増加させています(*3)。したがって、上記の2社にとどまらず、多くの企業がIFRS適用によって繰延税金資産に多額の調整が入る可能性が高いと考えられるのです。
では、なぜ日本基準がIFRSよりも保守的な回収可能性の判断を求めるのでしょうか。

(*3)金融商品の減損処理、税務上の退職給与引当金の廃止、固定資産の減損会計、資産除去債務、繰越欠損金など、近年の新会計基準や税法改正によって、回収可能性を判断すべき繰延税金資産は増加傾向にあるといえます。

監査委員会報告第66号とIFRS

繰延税金資産の回収可能性判断についてIFRSと日本基準の間で差異をもたらしているのは、日本公認会計士協会が発行した監査委員会報告第66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(以下、「66号」と呼びます)であると言われています。

タイトルから分かるように、66号は回収可能性の判断に関して会計監査上留意すべき事項を示したものであって、形式的には会計基準ではありません。しかし、66号は回収可能性判断の指針を詳細に定めているため、監査人による判断の幅をある程度限定します。このため、監査を受けている企業も66号の指針に従って回収可能性を判断しなければ、繰延税金資産の計上について監査人と意見が対立する可能性が高くなります。こうした実務の状況から、66号は事実上の会計基準として機能しているとの意見もあります(*4)。
ここでは、66号にあってIFRSにはない指針のうち、最も重要な影響を及ぼすと思われる指針を紹介しましょう。

(*4)社団法人日本貿易会 経理委員会「日本公認会計士協会監査委員会報告第66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」に対する要望」より

66号の会社区分と課税所得の見積可能期間

先ほど述べたように、繰延税金資産の回収可能性を判断するには、将来の課税所得≒収益力の見積もりが重要になります。66号5.(1)では、「将来年度の会社の収益力を客観的に判断するのは実務上困難な場合が多い」とし、「会社の過去の業績等の状況を主たる判断基準として、将来年度の課税所得の見積額による繰延税金資産の回収可能性を判断する場合の指針」を示しています。すなわち、過去の業績等に基づいて会社を以下の5つに区分し、各区分の会社における回収可能性の判断指針を提供しています。

会社区分

回収可能性ありと判断される繰延税金資産

(1)

期末における将来減算一時差異を十分に上回る課税所得を毎期計上している会社等

繰延税金資産の全額

(2)

業績は安定しているが、期末における将来減算一時差異を十分に上回るほどの課税所得がない会社等

一時差異等のスケジューリングに基づき計上した繰延税金資産

(3)

業績が不安定であり、期末における将来減算一時差異を十分に上回るほどの課税所得がない会社等

将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)の一時差異等のスケジューリングに基づき計上した繰延税金資産

(4)

重要な税務上の繰越欠損金が存在する会社等

翌期の一時差異等のスケジューリングに基づき計上した繰延税金資産

(4)
但し書

(4)の会社のうち、繰越欠損金等が非経常的な特別の要因により発生した会社

将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)の一時差異等のスケジューリングに基づき計上した繰延税金資産

(5)

過去連続して重要な税務上の欠損金を計上している会社等

なし

特に注目したいのは、(3)や(4)但し書の会社について、課税所得の合理的な見積可能期間をおおむね5年と定めていることです。これらの会社は、5年超経過後に回収予定の繰延税金資産を計上できないことが多かったのではないでしょうか。

IFRS適用によって明示的に66号の影響が及ばなくなるならば、課税所得の見積可能期間が画一的に制限されるケースは少なくなると思われます。したがって、66号によって課税所得の見積期間が制限され、多額の評価性引当額を計上していた企業は、IFRSの適用で多額の繰延税金資産の調整があり得ると言えます。

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