レポート第8回:非上場株式の評価(4)~論点の復習~

2011/02/01

非上場株式の評価(その1~3)」では、IFRSにおける非上場株式の公正価値測定(時価評価)について解説しました。今回はその続編です。

論点の復習

まずIFRSにおける非上場株式の評価について、論点を復習しましょう。

非上場株式について、日本基準では取得原価評価が原則でしたが、IFRSでは公正価値(時価)評価が求められます。このため、日本企業がIFRSを適用する場合、非上場株式を取得原価評価から公正価値評価に切り替えるケースが多いと思われます。ここで、非上場株式は、その名の通り取引所で日常的に取引されていないため、取引価格を観察する機会が非常に限られます。したがって、「評価技法」を使ってその公正価値を見積もらなければいけないケースがほとんどです。このとき、一つあるいは複数の適切な評価技法を「選択」することになります。

ところで、IFRSでは、市場の参加者が観察できない情報をインプットとして公正価値を測定する場合、いわゆる「レベル3」の公正価値測定資産とされ、従来の日本基準では要求されなかった詳細な開示(不確実性分析など)が求められます。非上場株式の評価では、投資先企業の過去の財務情報や将来予測など観察不能なインプットを使用するので、新たにこの開示要求も満たさなければなりません。

評価技法の選択

上記の問題のうち、今回は「評価技法の選択」に焦点を当てます。なぜならば、非上場株式の評価にあたって、あらゆる場合に使える理想的な評価技法がないからです。むしろ、数多くある評価技法の中から、様々な要素を勘案して、最も適切なものを選択するあるいは複数の技法を適用して評価結果を検討する、という作業が必要になります。具体的に言えば、評価技法はマーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチの3つに区分できます。更に各アプローチについて多くのバリエーションが見られます。また、優先株式や新株予約権など、普通株式とは権利内容の異なる持分証券については、固有の評価技法も見られます(二項モデル、ブラック=ショールズモデルなど)。

担当者は、評価対象の非上場株式の特性を深く理解し、これらのさまざまな評価技法の中から最も適当な技法を選択し、第三者にその根拠を説明することが求められる場面も出てくると思われます。

ところで、IFRS公正価値測定(公開草案)では、上記の3つのアプローチと整合する評価技法を用いなければならないことを定め、各アプローチの概要を説明しています(第38項)。また、状況に応じて適切な評価技法を用いること、および観察可能なインプットを最大限活用し観察不能なインプットを最小限に抑えることを定めています(第39項)。しかし、IFRS公開草案では、評価技法を決定するための詳細なガイダンスまでは提供していません。このため、いざ非上場株式の公正価値を見積もろうとしても、IFRSだけでは、どの評価技法を利用すればよいのか判断に苦しむケースも多いでしょう。

「IPEV ガイドライン」とは

IFRSを既に導入した欧州の開示事例には、評価技法の選択に関するヒントが隠されています。すなわち、ベンチャーキャピタルのAnnual Reportの中には、非上場株式の評価について「IPEVガイドライン」に準拠した旨を開示している例も見られるのです。ここでは、その「IPEVガイドライン」について概要を説明しましょう。

「IPEVガイドライン(International Private Equity and Venture Capital ValuationGuideline)」とは、欧州を中心とした37の地域と国のプライベートエクイティ・ベンチャーキャピタル協会が公認したIPEVボードが設定しています。このガイドラインは、IFRSの要求するところを斟酌して作成されており、IFRSへの準拠が可能と謳っています。

なお、ガイドライン自体は、その名が示すようにプライベートエクイティやベンチャーキャピタルを運用するファンド向けに作成されたものです。しかし、IFRSでは非上場株式の取扱いに関して、投資ファンドとその他の一般企業を区別していません。したがって、投資ファンド以外の企業が投資会社であっても、IFRS準拠性の観点から参考になると考えられるのです。

IPEVガイドラインによる評価方法選択の指針

IPEVガイドラインでは、非上場株式の公正価値の評価方法を分類し、それぞれの評価技法に対して適する企業の属性や留意点を述べています。これを以下の表に要約しました。

評価技法

適する評価対象

留意点

1. 最近の投資価格

スタートアップ期の企業
研究開発企業

取引実行後の一定期間のみ有効。

2. マルチプル

継続的な利益が見込まれ事業基盤が確立している企業

マルチプルの分子には、株式価値ではなく企業価値を用いるべき。

3. 純資産

収益でなく資産の公正価値を企業価値の源泉とする企業低収益企業
会社清算や資産売却により価値が実現される企業

具体的には、ファンドオブファンズや赤字企業が該当。

4. 投資先ビジネスの割引キャッシュフローまたは利益(DCF法など)

企業活動が大きく変動する時期の企業 (救済ファイナンス・企業再生の対象企業や赤字企業、スタートアップ期の企業)

インプットの設定がきわめて主観的であり、市場データを用いる評価方法と併用する。

5. 投資自体の割引キャッシュフロー

近い将来の取引価格が概ね合意されている投資など
デットやメザニンなどの非エクイティ投資

左記の他すべてのPE投資に適用できるが、エクイティ部分を含む投資を評価する場合には、主観的な判断を要するので注意する。

6. 業界別評価ベンチマーク

固有の評価基準が存在する業界に属する企業

介護業界の「ベッド当たり価格」 CATV業界の「加入者当たり価格」などを指す。
主たる手法として利用することはまれ。他の方法による評価結果を確認するのに使用。

各方法のさらに詳細な説明はガイドライン本文に譲りますが、ここでは、特に「4投資先ビジネスの割引キャッシュフローもしくは利益」による評価方法について指摘したいと思います。
企業価値評価と言えば、従来4の方法(DCF法など)に説明の多くが割かれていたと思われます。しかし、IPEVガイドラインによれば、DCF法は非常に慎重に利用するべきです。つまり、DCF法は市場データを利用する方法(マルチプル法など)のクロスチェックの手段としては有用ですが、DCF法を単独で使用する場合には、インプットの設定に主観が入りやすいため細心の注意をすべきとしています。
したがって、IPEVガイドラインに準拠すれば、DCF法が主な評価技法となる機会は多くないと考えられるのです。

非上場株式の評価(その4)まとめ

■評価技法を選択する必要がある

■IFRSには選択の指針が定められていない

■「IPEVガイドライン」
 ■欧州のプライベートエクイティ・ベンチャーキャピタル協会が公認

 ■IFRSへの準拠が可能

 ■評価対象企業の属性や発展段階に応じた選択のガイドラインを提供

 ■DCF法は慎重に利用すべき

参考資料
IPEVガイドライン
International Private Equity and Venture Capital Valuation Guideline

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