レポート

株式会社ビブレほか3社

2001/09/18

TDB企業コード:580538911 大阪府大阪市中央区   マイカル関連 民事再生手続き開始を申請 負債946億3200万円

「大阪ほか」 東証1部上場(株)マイカル(既報9月18日掲載)の関連会社、(株)ビブレ(資本金5000万円、大阪市中央区淡路町2-1-3、代表田川明良氏)、(株)ハートリアルエステート(資本金2000万円、大阪市中央区淡路町2-2-9、代表篠田伸生氏)、(株)リマックス(資本金4億9000万円、長野県南安曇郡豊科町豊科4272-10、代表市川洋一氏、従業員4人)、北大路都市開発(株)(資本金10億円、京都市北区小山北上総町13-1、代表川北尚之介氏、従業員12人)の4社は、9月17日東京地裁に民事再生手続き開始を申請、同日保全命令を受けた。

 申請代理人はマイカルの申請代理人と同じ江尻隆弁護士(東京都港区赤坂2-11-7、電話03-3505-1072)ほかで、 監督委員には、マイカルとともに瀬戸英雄弁護士(東京都港区赤坂4-2-19、電話03-5562-2511)が選任されている。

 (株)ビブレは、マイカルが 100%出資する連結子会社。1966年(昭和41年)6月(株)ニチイ(現:マイカル)ほかの共同出資により、スーパーマーケットの経営を目的に(株)ニューヤマトーとして設立された。その後、2回の合併により規模を拡大したが、77年8月に社名を(株)エヌサンマートに変更すると同時に、事業を(株)ニチイに譲渡し休眠会社となった。82年1月なってニチイが展開する都市型衣料専門店「ビブレ」に関する仕入業務の代行を目的に再開されたのと同時に、現商号に変更していた。2000年6月にはマイカルのビブレ事業部から6店舗(横浜ビブレ、高崎ビブレ、ワールドポーターズビブレ、新百合ヶ丘ビブレ、厚木ビブレ、橋本ビブレ)の事業譲渡を受けて業績を拡大し、2001年2月期の年売上高は約529億777万円を計上していた。
 2001年2月になって、譲渡を受けたばかりの6店舗を再び(株)マイカルに事業譲渡、仕入代行のみの業務になるなど、親会社のグループ戦略に左右されて度重なる業態変更を余儀なくされていた。

 (株)ハートリアルエステートは、1993年(平成5年)12月設立。マイカルが100%出資する連結子会社で、店舗不動産を所有しマイカルグループに貸し付けていた。2000年3月には(株)北日本総合開発を吸収して規模を拡大、2001年2月期の年収入高は約39億4900万円を計上していた。

 (株)リマックスは、1927年(昭和2年)創業、52年(昭和27年)12月法人に改組された不動産賃貸業者。呉服店として創業され、その後スーパー経営などを手がけていたが、経営不振からマイカルグループの傘下となっていた。93年には「豊科サティ」、95年には「飯田サティ」、98年には、「辰野サティ」を相次いでオープンさせ、ピーク時の99年2月期には年売上高約179億4800万円を計上していた。2000年1月には(株)マイカルファイナンス(2001年2月マイカルに合併)が同社の株式を100%取得したことで子会社化。2000年同期は、同業他社との競合や消費低迷が続いたことで年売上高は約161億4200万円に減少、最盛期には11店舗を展開していたが、近時では5店舗のみの経営となっていた。さらに2000年11月には、マイカルの経営方針によって全店舗の営業権を約15億5000万円でマイカルに売却。不動産賃貸業に変更するとともに、商号を(株)マイカル信州より(株)リマックスに変更していた。

 北大路都市開発(株)は、1987年(昭和62年)9月、京都市交通局の活性化を図るため開始した地下鉄烏丸線・北大路駅周辺の再開発事業で、民活導入を実施する母体として設立された。その後、マイカルの100%子会社となり、95年3月に完成した大規模複合商業施設「キタオオジタウン」(地上4階、地下3階建て)の賃貸、維持管理、駐車場経営を手がけていた。同施設には、核テナントとしてマイカルが運営する「北大路ビブレ」が入り、97年2月期は賃貸料収入を主体に年収入高約19億6618万円をあげ、その後もテナントから比較的安定した収入を得ていたが、不動産の取得など先行投資にともなう金融債務の負担から、繰越損失を抱え債務超過状態にあった。

 申請時の負債は、(株)ビブレが約17億9400万円、(株)ハートリアルエステートが約637億6300万円、(株)リマックスが約51億5800万円、北大路都市開発(株)が約239億1700万円で4社合計の負債は約946億3200万円。