レポート

千代田生命保険相互会社

2000/10/09

TDB企業コード:985423952 東京都目黒区 生命保険会社 戦後最大の倒産 更生特例法の申請第1号、生命保険会社では初めての倒産 負債2兆9366億円

中堅の生命保険会社、千代田生命保険(相)(資産総額3兆5019億7400万円、東京都目黒区上目黒2-19-18、米山令士社長、従業員1万3013人)は、10月9日に東京地裁へ更生特例法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。
申請代理人は片山英二弁護士(中央区八重洲2-8-7、電話03-3273-2600)で、保全管理人には坂井秀行弁護士(電話03-3519-8321)が選任されている。
同社は、1904年(明治37年)3月、保険業法に基づき、相互会社として設立された。1948年には業界初の「団体定期保険」の取り扱いを開始、順次「団体年金保険」、「団体信用生命保険」(いずれも業界初)の取り扱いを始める一方、海外の大手保険グループとの業務提携や海外現地法人の設立もおこなうなど積極的に事業を展開していた。その後も新商品を相次いで発売、住宅ローンや増改築ローンおよび女性専用のレディースローンの取り扱いを開始するなど業容を拡大、また、バブル期にはさらなる量的拡大を志向し、高い予定利率の保険商品の販売に傾注するほか不動産関連企業向けの融資や株式投資を積極的に推進し、ピーク時の92年3月期には年収入高約1兆4991億6800万円を計上、88年に約3兆円だった総資産は93年には6兆円を突破するまでに拡大し、業界内でも大手8社と称され確固たる地位を確立していた。以降も、3大疾病に対する保障を充実させた「エクシオ」や新医療保険と3大疾病定期保険をパッケージした「ヴィクタス」を発売、94年には総保有契約高が70兆円を突破していた。
しかし、バブル崩壊後の長引く景気低迷などの影響に加え、97年4月、日産生命保険(相)が経営破綻したことで国民の生保選別は厳しさを増し、保険契約や個人年金保険などの新規契約が伸び悩んでいたことで、98年3月期には年収入高が約7802億9200万円にまで落ち込んでいた。また、低金利政策による「逆ザヤ」や株価の低迷が経営を圧迫していたうえ、「ホテルニュージャパン」などをはじめ貸付先に対する多額の不良債権の発生が表面化したことで不安が増大、解約も高水準となり、保有契約高の減少に見舞われていた。
 このため、99年には「経営革新計画」を策定、コアビジネスに経営資源を集中するほか、早期退職優遇制度を拡充するなど人員の削減や支社・営業所の統廃合などリストラを実施、不良債権の処理にも着手していた。しかし、2000年同期の年収入高は約5130億3400万円とさらに落ち込んでいたうえ、不良債権比率は大手および中堅の生保のなかでも突出して高く、また、保険金の支払能力を示すソルベンシーマージン比率(200%を下回ると業務改善命令が発動される)も263%にまで低下したことで信用は大きく失墜、総資産も3兆5019億7400万円にまで減少していた。
 こうしたなか、今年6月にはメーンバンクである東海銀行が1000億円を超す規模での資本支援をおこなう旨の報道がされたほか9月上旬には欧州最大の保険会社である独・アリアンツ社との提携交渉が明らかにされるなど動向が注目されていた。しかし、10月に入って、東海銀行の小笠原頭取が「財務と経営面で強固な基盤を持つ有力な外資との提携が支援の条件」であることを表明、単独での支援姿勢を大きく後退させていたほか、アリアンツ側の条件も厳しいことで他の外資との提携を模索していたが交渉は不調に終わり、保険解約にも歯止めがかからないことからついに自主再建を断念、今回の措置に踏み切った。
 負債は、保険契約に基づく準備金が約2兆6413億円、同準備金以外の債務が約2953億円で合計約2兆9366億円。
 なお、負債規模は(株)日本リース(東京、負債2兆1803億円、98年9月更生法)を抜いて戦後最大の倒産となった。