ビッグデータ



新型コロナウイルス感染症による売上蒸発環境下における経済的リスクの評価

ここがポイント!

  • ポイント1

    企業データを活用したGDP推計の方法を応用し、売上蒸発環境下におけるGDP減少額の推計を行った。

  • ポイント2

    売上高、売上原価、現預金及び助成金を用いて倒産危険企業を定義することで、売上蒸発環境下における倒産危険企業数の推計を行った。

  • ポイント3

    売上高の減少幅、助成金の金額、期間といった要素を用いたシナリオ設定を行うことで、想定される状況に応じたリスク評価を行うことができる。

COVID-19による「売上蒸発」

2019年12月に中華人民共和国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、中国国内だけでなく、様々な国と地域に拡大した。日本でも感染が拡大し、感染者は11,919人、死者数は287人まで増加している。政府はこの状況を鑑み、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言を発令した。各都道府県は、緊急事態宣言への対応として、様々な施設を対象に休業や自粛が要請され、経済活動が抑制されている。

休業・自粛が行われたことで多くの企業で「売上蒸発」が顕在化してきている。ここで売上蒸発とは、様々な業種で需要及び需要機会が喪失することで、売上を生むことができない状況のことを指している。この売上蒸発において、日本のGDPはどのように失われ、また、倒産リスクは拡大するのだろうか。売上高の減少と現預金残高、持続化給付金に絞ってGDP減少額と倒産危険企業、失業者数の推計を行った。

ネオGDPの推計と売上蒸発環境下におけるネオGDPの減少額の推計

GDPは生産、分配、支出の3つが等価になることが知られている。ネオGDPはこのうち生産に着目したものである。ネオGDPは、以下の式で計算することができる。これは、企業の売上から売上原価を引いた金額をすべての企業について合計するということだ。

\begin{align} NEOGDP_y= \sum_{i=1}^n(Sales_{y,i}-Cost\ of\ Sales_{y,i}) \end{align}


内閣府が発表した国民経済計算によると、名目GDPは増加傾向にあり、2018年時点では547兆円である。一方でTDBの企業ビッグデータを用いて算出されたネオGDPは、500兆円と推計される。ここで発生する47兆円の差額は、GDPの算出で行われる中間投入額の減算や純輸出額の加算、住宅賃料等の帰属計算といった様々な推計が省略されていることに起因する。また、金融・保険業及び公務を除く企業は分析対象から除外している。以降は、このネオGDPを中心に行った分析を紹介したい。


図1 平常時における名目GDPとネオGDP

500兆円と推計された2018年のネオGDPだが、12か月で割った場合、1か月41.6兆円となる。どのようにこの41.6兆円が失われるのだろうか。新型コロナウイルス感染拡大以降売上を伸ばしている業種も見られることを鑑みた上で、すべての企業で平均的に売上が落ち込む仮定している。本来、売上原価には変動費が含まれるため、売上高の変化に応じて変動するものであるが、本レポートではこの売上原価を固定して議論を進めている。

仮に、すべての企業で平均的に10%売上が蒸発するとした場合、ネオGDPは11.8兆円減少することになる。この減少額は、売上高の減少率が大きくなるほど拡大していく。売上高が50%減少した場合には37.7兆円まで減少する。更に70%減少すると40.4兆円、90%では41.6兆円全額が失われる。COVID-19における売上蒸発は、日本のGDPを大きく毀損するということだ。
売上蒸発の影響が及ぶ対象は他にもある。企業の倒産と失業だ。


図2 売上高の減少とネオGDPの減少額

売上蒸発環境下における倒産リスクの拡大

新型コロナウイルス感染症の拡大以降、倒産する企業が増え続けている。企業は売上が失われても、多くの支払いが発生する。この支払いができなくなると、倒産せざるを得ないということになる。売上原価を企業が支払うべき金額の総量と仮定する。また、企業は給付金以外の資金獲得手段を持たないものとする。このとき、どのように倒産リスクは拡大するのだろうか。売上原価が売上高を上回った企業を倒産危険企業として定義し、その数を見てみたい。

では実際にどの程度設備投資が行われているのだろうか?

現預金のみ考慮した場合と持続化給付金の200万円を考慮した場合の推計である。企業の現預金のみ考慮した場合、50%の売上減少が1か月の場合に1,799社の倒産危険企業が現れる。一方で給付金200万円が存在することで、その数は238社まで減少する。売上高の減少幅が大きくなっても給付金を考慮した場合には大幅に減少することがわかる。売上蒸発の期間が1か月であれば、現預金と給付金を活用すれば、なんとか倒産を免れる企業が増えると言えるだろう。では、同様の状況が継続するとどうだろうか。


図3 売上高の減少と倒産危険企業数

50%の売上減少が継続するとした場合の試算を紹介する。現預金のみの場合、3か月の継続で5千社以上が倒産の危険性が高まってしまう。さらに、5か月目には3万社、8か月目には11万社、11か月目には60万社と増えていく。この大幅に増えるタイミングでフェーズを区切った場合、1〜4か月目がフェーズ1、5〜7か月目がフェーズ2、8〜10か月目がフェーズ3、11か月目以降をフェーズ4と設定できる。フェーズの変わり目が重要なタイミングである。

持続化給付金を考慮したとしても、3か月継続すると4,798社まで膨れ上がる。前述したフェーズは持続化給付金によって先延ばしすることができる。3万社を超えるのは7か月目、11万社を超えるのは10か月目まで抑えることができる。
このように、売上蒸発が継続することは企業にとって非常に大きな負担となる。


図4 売上蒸発の継続と倒産危険企業数の推移

地域的な傾向はあるのだろうか。まず、倒産危険企業数が全国でどのように増えていくかを紹介する。東京や大阪といった首都圏を中心に倒産危険企業が増え、全国に拡大していくことがわかるだろう。あくまでこれは首都圏に所在する企業数が多いことを示しているに過ぎない。

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次の動画では、15ヶ月目の時点で倒産危険企業の割合が高い30の自治体を取り上げている。ここでは企業数が100社に満たない自治体は除いている。企業数が多いとはいえない自治体でも倒産危険企業の割合が高い自治体もあり、中には60%を超えるところも現れる。


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経済の再開や、南半球での感染拡大を踏まえた二次拡大も議論されつつある。このような状況も踏まえ、最後に、3つのシナリオを紹介する。政府による緊急事態宣言及びそれ以前の自粛要請で生じている経済活動自粛の影響である売上蒸発の期間を何か月にするか、また、その後の経済の戻り方を設定し3つのシナリオを想定した。



  • 1.1か月の自粛と売上蒸発の半減期型シナリオ
    売上高の減少率が50%から毎月半減する
  • 2.3か月の自粛と売上蒸発の半減期型シナリオ
    3か月は50%の売上高減少率であるが、その後減少率が毎月半減する
  • 3.6か月ごとに1か月の自粛と売上蒸発の半減期型シナリオ
    売上高の減少率が50%から徐々に小さくなるが、半年後(7か月目・13か月目)に50%に戻る場合


  • シナリオ1では2か月目には25%、3か月目には12.5%と売上の減少幅が縮小していく。

    この場合、2か月目に1,500社まで倒産危険企業が増加するものの、その後1,600社程度に収束する。シナリオ2では3か月間は50%の売上高の減少が継続し、その後シナリオ1と同様に減少幅が縮小する。そのため、3か月目までに5,000社近くまで倒産危険企業は増加してしまう。しかし、その後は売上高の減少幅が小さくなっていくため、5,300社程度に収束する。最後にシナリオ3では、シナリオ1のように1,600社に収束するものの、7か月目に再び50%の減少に戻るときに3,500社までふくれあがり、4,000社に収束する。その後は半年ごとに自粛期間が発生することで倒産危険企業の増加と収束を繰り返すことが予想される。



    図5 シナリオ別売上蒸発の継続と倒産危険企業数の推移

    倒産危険企業の正社員数を用いた失業リスクの推計

    ここまで紹介してきた企業の倒産はすなわち正社員の失業を意味する。倒産危険企業に属する正社員数を合計することで、失業リスクの推計を行った。倒産危険企業の正社員数合計の推移は、倒産危険企業数と相関している。

    ここで、倒産危険企業で扱った3つのシナリオ(1か月の自粛と売上蒸発の半減期型シナリオ、3か月の自粛と売上蒸発の半減期型シナリオ、6か月ごとに1か月の自粛と売上蒸発の半減期型シナリオ)を思い出してほしい。シナリオ1では、1か月目に10万人の失業リスクが存在するが、17万人弱で収束する。シナリオ2では、40万人に収束する。シナリオ3では、半年ごとに17万人、33万人、44万人に収束する。失業リスクは、倒産危険企業と同様に設定するシナリオによっても大きく変動する。


    図6 シナリオ別売上蒸発の継続と失業リスクの推移

    この失業リスクは、あくまで正社員に限った話であり、実際には代表者や役員、非正規雇用者も同様に失業リスクにさらされることになるため、失業者数はより大きくなる可能性がある。また、倒産のみが失業の原因ではない。企業は固定費の削減のために従業員を解雇することもあるだろう。特に非正規雇用者はこのリスクが非常に高いと考えられる。

    複数のシナリオを想定した企業支援策の検討が求められる

    ここまで紹介してきたとおり、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済活動の抑制で生じる売上蒸発は様々な点で経済に影響する。この影響は経済の抑制状況によるものが大きく、想定するシナリオによって倒産や失業のリスクは大きく変動する。いつ経済が再開されるのか、二次拡大はあるのか、ワクチンはできるのか、様々な状況を考える必要があるだろう。医療と経済、双方の専門家によってこの様々な状況をできるだけ多く考え、それに合わせて企業支援策を検討することが必要不可欠ということだ。

    今後も弊社データを用いて、深掘りを進めていきたい。


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    ※当レポートの内容は、一橋大学経済学研究科 帝国データバンク企業・経済高度実証研究センター(TDB-CAREE) ディスカッション・ペーパー・シリーズJ-2020-1(http://www7.econ.hit-u.ac.jp/tdb-caree/research/DP)に基づく。
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    株式会社帝国データバンク
    プロダクトデザイン部 プロダクトデザイン課 平峰 芳樹


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