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3.いち早くコンピュータを導入
業界に先駆けてコンピュータ導入
TDB事業拡大のきっかけとなりました。
帝国興信所の復興に尽力した勇夫の跡を継いだ三代目社長・後藤義夫は、調査機関に必要不可欠な全国ネットワークの再建と組織の近代化を精力的に推し進めました。なかでも今日のTDBを形づくる大きなきっかけとなったのは、1968年(昭和43年)の業界に先駆けたコンピュータの導入です。
当初の導入の目的は、経理処理などの事務の合理化でした。しかし義夫は、コンピュータを使って既存の調査
報告書のストックをほかの形で活用する方法はないだろうかと思い巡らせていたのです。
確かに調査報告書は50音順に整理され、企業名では検索できるように整備されていたものの、地域別、売上高別といった検索はできませんでした。しかしマーケティングや市場調査のための資料として、さまざまな条件でのデータ抽出の依頼が増え続けていたのです。
4.データベース「COSMOS」のサービス開始
COSMOSのサービス開始
膨大な企業情報をデータベース化し、顧客のニーズに合わせた「COSMOS」サービスを開始。 企業財務情報の「COMOS1」、企業概要情報の「COSMOS2」などが商品化されました。
こうした依頼に対応するため、コンピュータの活用方法が模索され始めました。TDBがまず実施したのが、企業コードを数値化して財務関係の数字をデータベース化することでした。
さらに1972年(昭和47年)には日本長期信用銀行(現・新生銀行)からのタイアップの申し出を受け、「COSMOS1」という企業財務のデータベース化に成功。当時から上場企業の財務諸表のデータベースを保有していた長銀は、TDBの未上場企業のデータに強い魅力を感じていました。続いて企業概要をデータベース化した「COSMOS2」も完成。これらのデータベースは1974年(昭和49年)にサービスが開始されました。TDBは新たにデータベース事業を展開することになったのです。
しかしこのころコンピュータの文字データはカタカナが主流で、読みにくく、使いづらいものでした。そこでより利便性を高めるため、データベースの漢字化が進められました。1979年(昭和54年)、文字データベースの漢字化が達成され、TDBのデータが大手企業だけでなく、一般企業へも普及。「COSMOS」の利用価値が幅広く認知されていくきっかけとなりました。そして1981年(昭和56年)に社名を「帝国データバンク」に変更。名実ともに総合的な情報サービス企業への道を歩むことになるのです。
